関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

「泉州水なす」の発見と展開―地域野菜の高級ブランド化をめぐる民俗誌―

泉州水なす」の発見と展開―地域野菜の高級ブランド化をめぐる民俗誌―

竹中祐里


【要旨】

本研究は、泉州地域のおける「水なす」の高級ブランド化について、岸和田市泉佐野市、貝塚市の水なす農家、または漬物業者、農業協同組合関係者を対象に実地調査を行うことで、「泉州水なす」が何時、いかにその商品価値を見出され、現在の高級野菜へと変遷していったのか、そして、「泉州水なす」の高級化と共に変化を遂げた生産者や「水なす」を取り巻く世界の現状を明らかにしたものである。本研究で明らかになった点は、次のとおりである。


1.泉州一帯では200年以上も昔から水茄子栽培が行われてきたと推定されており、泉州地域では水なすが農家ごとに田んぼの隅や畑の土手などに植えられ、夏の農作業に重要な水分や日常的に食す身近な食糧として親しまれてきた。ぬか漬けに適した水なすの特質は、泉州名物の浅漬けを生み出し、冬場には大事な保存食として人々に重宝された。昭和30年代まで、水なすは泉州地域の人々にとって、安価な食材であり、質より量に重点を置いて栽培されていた。当時、水なすはその劣化しやすい性質上、他地域へ出回ることがなく、泉州地域でのみ食されていた。



2.昭和41年にクール宅急便が誕生、貝塚市の漬物製造会社「北由商店」の北村與司韶(よしつぐ)氏が水なす漬けの「さんさ漬け」を全国発送しはじめたことを発端に、「水なす」は全国各地の消費者に食されることになり、これまで泉州地域の人々には気づかれなかった商品価値を「発見」された。当時のバブル経済により、地元の建設会社や保険会社が「贈答品」として利用、水なすは“高級品”として知名度が上がった。



3.北由商店により、「水なす」の商品価値が「発見」された以後、JAが「泉州ブランド」として水なすの規格化を開始する。JAきしわだは岸田市下の水なすを全て品種統一し、選別機による共同選別を行うという規格化を進めた。JA大阪泉州も同様に選別機を導入し、一定の品質で発送できる体制を整え、「泉州水なす」というブランドが誕生した。これにより、泉州地域には水なす栽培を始める農家や漬物業者が増加した。



4.現在の泉州地域における水なす農家について、副収入を得るためか単なる自家用の食物として昭和初期、あるいはそれ以前から水なすを栽培してきた農家が、水なすブーム後に水なすを主としての栽培を始めたケースと水なすブームによって新たに水なす栽培農家へ参入したケースに分けられる。近年は水なすの単価が上昇し、泉州地域の農家にとって「泉州水なす」は金の生る木となった一方で、新規参入者は「泉州水なす」の規格化完了により、高品質の水なすを栽培し、付加価値を付け加えたうえで新たな取引先を開拓していくことが必要となり、新たな局面で苦労している。また、一時よりも水なすブームが下火になってきていることや農家の後継者不足問題など、泉州地域の水なす農家は新たな課題に面している。




【目次】

序章――――――――――――――――――――――――――――1
 第1節 問題の所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
 第2節 泉州水なす・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2

第1章 水なすの昔――――――――――――――――――――――7
 第1節 水なすの歴史・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
 第2節 日常食としての水なす・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
 第3節 農家と水なすの栽培・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12

第2章 泉州水なすの発見――――――――――――――――――18
 第1節 漬け物業者 「北よし」・・・・・・・・・・・・・・・・19
 第2節 贈答品としての水なすへ・・・・・・・・・・・・・・・・20
 第3節 JA乗り出す・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22
 第4節 集荷箱・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24
 第5節 規格化の完了・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25

第3章 水なす農家―――――――――――――――――――――42
 第1節 「農家の水なす」から「水なす農家」へ・・・・・・・・・43
 第2節 「水なす農家への参入」・・・・・・・・・・・・・・・・48
 第3節 8クラブ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・52

結び――――――――――――――――――――――――――――66

参考文献・URL一覧―――――――――――――――――――――69

 



【本文写真から】



昔は、このようにどの農家でも水なすが作られていた


漬物業者「北由商店」の製造工場


JAいずみのの選別機


後継ぎがいないため、水なす栽培をやめてしまう農家も多い























【謝辞】
 今回の論文を執筆するにあたって、JAいずみの営務理事の谷口敏信氏、営農経済部販売課の木下正喜氏、JA大阪泉州の営農経済部販売課所属の南口義彦氏、営農経済部販売課の中司賢吾氏、北由食品株式会社の北村氏、泉州地域の水なす栽培農家の方々、泉州地域の住人の方々に、絶大なるご協力を頂きましたことを、深く感謝し、心より御礼申し上げます。有難うございました。