関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

招待講演「ディオニュソスとヴァナキュラー: 民俗学的視角とは何か」

2019年7月6~7日に韓国・翰林大学校で開催された国際シンポジウム「ポスト帝国の文化権力とヴァナキュラー:民俗学から日常を問う」で招待講演「ディオニュソスとヴァナキュラー: 民俗学的視角とは何か」を行ないました。

このシンポジウムは、翰林大学校、実践民俗学会、日常と文化研究会の共催、韓国政府教育部、韓国研究財団等の後援により、ドイツ・アメリカ・中国・韓国・日本の研究者が、ポスト・コロニアル状況における文化権力をめぐって、ヴァナキュラーの視点から議論することを目的に開催されたものです。

日本からは、岩本通弥東京大学教授、周星愛知大学教授、山泰幸関西学院大学教授、田村和彦福岡大学教授、門田岳久立教大学准教授、東京大学大学院博士後期課程の川松あかりさんが参加しました。f:id:shimamukwansei:20190708170657j:imagef:id:shimamukwansei:20190708170703j:imagef:id:shimamukwansei:20190708170728j:imagef:id:shimamukwansei:20190708170802j:imagef:id:shimamukwansei:20190708170842j:imagef:id:shimamukwansei:20190708170912j:image

地元紙で調査実習の様子が紹介されました。

『室蘭民報』2019年6月11日付朝刊より

 関西学院大学(兵庫県西宮市)社会学部の学生たちが、社会調査実習のため7日から10日まで室蘭市内に滞在し、労働者文化や信仰、風習などについて調査した。市民の協力を得ながら声を聞き取り、飛び込みの取材を重ねて「室蘭像」を浮かび上がらせた。
 現代民俗学が専門の島村恭則教授のゼミに所属する3年生の男女11人。室蘭は鉄鋼や製鋼、造船などの現場で働く労働者が形成した文化が息づき、伝統的な信仰が受け継がれ、戦後は新たな宗教が生まれた地。研究対象となるテーマが揃ったまちとして、地方都市研究の舞台に初めて選んだ。学生らは1人または2人で聞き取り調査し、労働者の生きざまや、地域の歴史を記録した。
 B級グルメとして定着した「室蘭やきとり」が労働者にどう受け入れられ、食べられていたかをテーマに、市内の焼き鳥店をはしごして調査した岩渕香奈さん(20)は「同じ室蘭の焼き鳥店でも地域によって客層や営業形態が違う点が面白い」と感じた。
 8日の夕方、輪西町の八条通りにある老舗焼き鳥店「鳥よし」。すべての焼き鳥を1品ずつ頼み、ソフトドリンクとともに味わいながら店主の小笠原光好さん(81)に質問を繰り返す岩渕さんの姿があった。約1時間の取材で、工場の交代勤務に合わせて営業していたことや、仕事で失敗しても上司が「ここでおしまい」と翌日に持ち越さない場になっていたことなどを丁寧に聞き取った。
 職場でも住居でもない「第3の場所(サードプレイス)」として独自の発展を遂げた焼き鳥店は室蘭を象徴する場所のひとつ。島村教授は「近代の社会は非合理なものをできる限り排除してきたが、サードプレイスやお化けといった非合理なものを人間はなくすことはしなかった。非合理なものをモザイク状に重ね合わせると、まちが立体的に見えてくる」と話す。
 その上で「実習は過去の記憶の蓄積を発掘する術(すべ)を身に付ける練習になる。学生の多くは西日本の地方都市出身。古里に戻ったとき、視野が変わる」と狙いを話した。
 実習の成果は、ストーリー性を持たせたレポートにまとめ、協力者に事実確認をした上で、ゼミのホームページ上に公開する。(野村英史)

http://www.muromin.co.jp/murominn-web/back/2019/06/11/20190611m_03.html

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鉄のまち室蘭の都市民俗調査

 世界民俗学研究センターの研究・教育活動の一環として、2019年6月6日から10日まで、北海道室蘭市において都市民俗調査を実施しました。調査員は、関西学院大学社会学部島村恭則ゼミの3年生11名で、「社会調査実習」の授業として行なったものです。

 調査テーマは、「民間宗教者と北海道岩木山神社」「清滝寺の霊泉と不動明王信仰」「天照教―戦後室蘭で生まれた新宗教―」「室蘭の座敷わらし」「労働者文化としての室蘭やきとり」「社宅街のくらしと記憶」「鉄鋼マンの生活誌」「現代の番屋―漁船乗組員の集団生活―」「イタンキ漁港と漁民のくらし」です。

 かつて、アメリカの民俗学者、リチャード・ドーソン(Richard M. Dorson)は、都市民俗学黎明期の作品として、 Land of the Millrats (1981)を刊行しましたが、これはインディアナ州の製鉄都市をフィールドとした研究です。今回、室蘭をフィールドに選んだ背景には、本書の存在があります。

 調査成果は、本年秋に世界民俗学研究センター、および島村研究室のホームページ上で公開の予定です。

 現地調査でご協力いただきました室蘭の皆様に深く感謝申し上げます。

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世界民俗学研究センターが設置されました。

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 2019年4月1日、関西学院大学世界民俗学研究センターが設置されました。本センターは、次の5点を目的として、関西学院大学特定プロジェクト研究センターの一つとして設置されたものです。

 

1.世界民俗学に関する国際的情報収集

2 世界民俗学の理論構築

3 世界民俗学に関する国際的情報発信

4 世界民俗学に関する研究者養成

5 世界民俗学に関する対社会的知識公開

 

 センターの研究員は、関西学院大学の民俗学・文化人類学担当教員を専任研究員とし、アメリカ、ドイツ、ブルガリア、中国、韓国、日本の民俗学において第一線で活躍する研究者を客員研究員として組織しています。

 センターでは、具体的事業として、理論民俗学研究会の開催、関西学院大学民俗学・文化人類学リブレットシリーズの刊行、若手研究者養成セミナーの実施、大学院教育、民俗学に関する学術情報の公開と普及活動などを行なっています。

 センターについての詳細は、世界民俗学研究センターのホームページ​をご参照ください。

         https://www.kg-folklore.com/

 

 

 関西学院大学世界民俗学研究センター長・教授 島村 恭則

新刊『文化人類学と現代民俗学』風響社、2019年4月8日

『文化人類学と現代民俗学』(関西学院大学現代民俗学・文化人類学リブレット)

桑山敬己・島村恭則・鈴木慎一郎 著

風響社、2019年4月8日刊行、定価(本体900円+税)

 

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シンポジウム「物質文化・文化遺産・生活様式」

「物、文化遺產與生活方式」工作坊

2019年3月23-25日,南方科技大學,中國 深圳

Objects, Cultural Heritage and Lifestyle

Workshop to be held on 23-25 March 2019

Southern University of Science and Technology, Shenzhen, China

 

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Chengwei LIN 林承伟教授

Taipei National University of The Arts 国立台北艺术大学


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Xiaochun LIU 刘晓春教授

Sun Yat-sen University 中山大学


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Yongyi YUE 岳永逸教授

Beijing Normal University 北京师范大学


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2018年度卒業式

2019年3月18日 2018年度 関西学院大学卒業式が行なわれました。

また、同日、島村ゼミの川路瑞紀さんが、社会学部優秀論文賞 最優秀論文賞を受賞し、社会学部チャペルにて授賞式が行なわれました。

受賞論文は、「廃仏毀釈のゆくえ―鹿児島県日置市「妙円寺詣り」の事例―」です。

同論文は、2019年秋刊行の『関西学院大学社会学部紀要』第132号に全文掲載の予定です。

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京都民俗学会卒業論文発表会

京都民俗学会卒業論文発表会

2019年3月16日、立命館大学

 

赤井詩織(関西学院大学社会学部)

「パフォーマンス化するススキ提灯―奈良県御所市鴨都波神社の事例―」

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川路瑞紀(関西学院大学社会学部)

「廃仏毀釈のゆくえ―鹿児島県日置市「妙円寺詣り」の事例―」

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京都民俗学会
kyoto-minzoku.jp

 

大学院集中講義 武田俊輔准教授(滋賀県立大学人間文化学部)

大学院集中講義 武田俊輔 滋賀県立大学人間文化学部准教授

社会学特殊講義Ⅰ・社会学特殊研究Ⅰ

2019年2月13-15日

【授業目的】

 この講義では現代日本の地域社会における文化資源と、それにともなう社会関係・社会構造について論じる。そうした文化資源の分析においては、農村社会学における地域資源、コモンズ論における自然資源とその管理の仕方をめぐる研究等について参照しつつも、それとは異なる視点から研究を行う必要がある。
 まずは担当者自身による、都市祭礼や農山漁村の民謡・民俗芸能、ローカルな放送メディアといった対象に関する社会学的研究を手がかりとして具体的に論じていく。その上でこの講義のテーマや対象と関連する研究テーマ(例えば地域社会・メディア・歴史的環境・民俗文化・文化遺産等)を持つ受講者による報告・討議をできるだけ取り入れたい。

【到達目標】

 地域社会や文化資源に関する研究のアプローチについて理解し、またそれを自身の研究に活かせるようになること。

【キーワード】

文化資源 都市祭礼 民俗芸能 放送メディア 民俗文化 文化遺産 地域社会 歴史的環境

研究者詳細 - 武田 俊輔

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宝くじの民俗学-布施ポッポアベニューチャンスセンターの事例-

山田 馨

【要旨】

本研究は、宝くじについて、大阪府東大阪市・布施をフィールドとして現地調査を行うことで、宝くじの現状と売り場から見た将来について明らかにしたものである。本研究で明らかになった点は、次のとおりである。

1, 宝くじは、地方自治体の財政資金を調達し、収益金を公共事業などの資金に充てることを目的として売り出されており、販売総額のうち、約 47%が当選金として当選者に支払われる。約 14%は印刷経費や売りさばく際の手数料、1.5%ほどが社会貢献広報費、約40%が収益金として利用されている。

2, 布施は現東大阪市の旧地名で、近鉄布施駅周辺のことを指す。布施戎神社があることから「えべっさんの町」として親しまれている。

3,布施ポッポアベニューチャンスセンターは、縁起のいい名字の販売員が多くいることでメディアに取り上げられたこと、近くに布施戎神社があることから、幸運の売り場として有名店となった。

4,宝くじの売り上げは減少傾向にあり、売り上げ回復には若年層を取り込むことが重要とされている。売り上げ低迷の理由として考えられることは、還元率が低すぎることと、主な購入層であった中高年層が年金受給者となっていることである。

5,2018年、宝くじのネット販売が開始された。売り場の販売員にとって、お客さんとコミュニケーションをとりながら販売することが仕事の楽しみややりがいのひとつである。しかし、ネット上ですべて完結することが新しい層に宝くじを購入してもらうためには重要な政策である。

【目次】

序章 問題と方法

第1章 宝くじ

第1節 宝くじとは

第2節 収益金の使途

第3節 歴史

第2章 「えべっさんの街」布施

第1節 東大阪 布施

第2節 商店街の形成

第3節 布施戎神社

第3章 布施ポッポアベニューチャンスセンター

第1節 布施ポッポアベニューチャンスセンター 

第2節 従業員 恵美須屋理代子氏の語り

第3節 来店客 N氏の語り

第4章 現場から見た宝くじの現状と将来

第1節 宝くじの現状

第2節 ネット販売

結び

謝辞

文献一覧

【本文写真から】

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写真1 布施ポッポアベニューチャンスセンター看板

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写真2 布施ポッポアベニューチャンスセンター

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写真3 布施戎神社 戎像

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写真4 布施戎神社

【謝辞】

本論文執筆にあたり、お忙しい中お話を聞かせてくださった布施の商店街の皆さま、お忙しい中お時間をいただきお話をしてくださった布施ポッポアベニューチャンスセンターの恵美須屋様、客として来店しているにもかかわらずお時間をとってお話をしてくださった方、ご協力いただきありがとうございました。

皆様のご協力なしには本論文を完成させることはできませんでした。心よりお礼申し上げます。

盆踊りと口説き ―八幡浜市向灘地区の事例―

盆踊りと口説き

―八幡浜市向灘地区の事例―

 

社会学部3年生

岩野亜美

 

【目次】

 

はじめに

 

1章 盆踊りと口説き

1-1 盆踊り

1-2-1 盆踊りの起源

1-2-2 八幡浜の盆踊り

1-2 口説き

1-2-1 口説きの起源

1-2-2 八幡浜の口説き

 

2章 音頭取りたち

2-1  谷本廣一郎氏

2-2 上田耕筰氏

2-3 川本茂二氏

 

3章 盆踊りの昔と今

 

結び

 

謝辞

 

参考文献

 

はじめに

 

 今回の調査で訪れた愛媛県八幡浜市では、南予地方独特の民俗芸能が伝承されており、その中に盆踊りがある。毎年8月に行われる盆踊りは、少しずつ形を変えながらも地域の人々に愛され、代々受け継がれている。長い歴史を持つこの盆踊りにおいて、古くから変わらない伝統の1つに、口説きがある。口説きとは民謡の1つで、歌詞が一連の物語になっており、代表的なものに木遣り口説や越後口説きがあるが、盆踊りでは踊り口説きが用いられている。本調査では、八幡浜で行われる盆踊りと口説きを詳しく説明するとともに、盆踊りが行われる際、今もなおやぐらの上で口説く人々を紹介し、盆踊りと口説きが昔と今でどのように変化したのかを取り上げる。

 

1章 盆踊りと口説き

 

1-1 盆踊り

 

1-1-1 盆踊りの起源

 

 まず、盆踊りとは盆の時期に死者を供養するために踊る、民俗芸能である。盆踊りが文献に始めて登場するのは室町時代であるが、盆踊りの起源は平安時代中頃にまで遡る。僧侶の空也上人が始めた、念仏を唱えながら踊る踊念仏が、民間習俗と習合して念仏踊りとなり、盆会と結びついたのち、死者を供養する行事として人々に定着した。また、盆には死者が帰って来るという考え方が含まれており、初期の盆踊りは、新盆を迎える家に人々が赴き、家の前で輪を作って踊り、家主は踊り手をご馳走でもてなしたという。盆踊りは死者を供養するという目的以外にも、村落社会において娯楽的要素も含まれ、村の結束を強める機能的役割も果たした。

 

1-1-2 八幡浜の盆踊り

 

 八幡浜の盆踊りは、主に8月13日から14日の間に行われる。盆踊りが開催される日は地区によって違うが、本稿では海に近く主に漁業や海運業が盛んである、八幡浜市向灘地区を取り上げる。向灘は八幡浜市の北西部に位置し、勘定・杖之浦・大内浦・中浦・高城の5つの地区に分けられる。向灘で行われる盆踊りだが、現在は13日か14日のどちらか1日しか行われないものの、昔は8月13日から15日の3日間にかけて行われていた。3日に分けることにも意味があり、13日の盆踊りではそれぞれの地域で祀っている氏神様を祀り、14日にはご先祖様の供養、最終日である15日には娯楽的行事、例えばお祭りなどを行なっていた。3日間の中でも特に14日は特徴的であり、盆踊りの参加者は、地域に住むその年に亡くなった人々の家を歩いて周った後、位牌やろうそくを会場に並べ、供養として盆踊りを行なっていた。

 盆踊りの踊り方にも特徴があり、一般的な、手を使いながら音に合わせて踊る手踊りだけでなく、大きな色とりどりの日傘を使い、音頭に合わせて広げたり回したり、蕾めたりして踊る傘踊りや、大きなそろばんを使い音を鳴らしながら踊る、そろばん踊りなどがあった。盆踊りが開催される場所は地区によって様々で、例えば、5つの地区の中で最も海岸に近く、経済力が高かったといわれる勘定地区で行われる盆踊りは、勘定の中に位置するみかん倉庫の下で行われた。昔の勘定地区の盆踊りは、長い時は夜の12時頃まで行われていたため、みかん倉庫に集まる人々は勘定に住む人々だけでなく、他の地区での祭りを終えた人など、地区を超えて多くの人々が訪れた。地区によって盆踊りを行う会場は違うものの、その地区に住む人しか参加出来ないということはなく、参加したい人は誰でも盆踊りに参加することが出来たため、他の地区に住む人々と交流するきっかけとなり、地域の結束にも繋がったという。

 

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写真 勘定地区の盆踊り

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写真 みかん倉庫の下で行われる盆踊り

 

1-2 口説き

 

1-2-1 口説きの起源

 

 口説きとは、くどくどと「繰り返し説く」という動詞が名詞化したものであり、元来は、単調な旋律をもつ朗唱的曲節の名称である平曲や、慕情や傷心を述べる詠嘆的な内容の小段をさす謡曲で、登場人物の悲しみを歌う演出であったが、近世以降、口承文芸の演出が加わり多様化した。盆踊りでは、多様化した口説きの中の1つである、長編の叙事詩を同じ旋律にのせて歌う、踊り口説きが用いられている。

 

1-2-2 八幡浜の口説き

 

 盆踊りは、やぐらの上で口説く音頭取りと、大きな太鼓を叩き音頭に合わせる太鼓打ち、そして音頭に合わせて踊るはやし手に分かれて行われる。盆踊りはそれぞれの地区で行われる為、盆踊りの内容に違いはあるものの、多くの地区では始めに地域の人々がよく知る民謡に合わせて踊り、一服挟んだ後に、口説きに合わせて踊る。向灘だけでなく、八幡浜市全体でよく使用される民謡の例として、昭和期を代表する国民的作曲家として有名な、古賀政男作曲の「かまぼこ娘」「八幡浜漁港の歌」が挙げられる。多くの作品が、「古賀メロディー」として親しまれている古賀政男であるが、この2つの作品は、古賀氏が八幡浜の人々の為に手掛けたものであるという。盆踊りの中で使用されるだけでなく、例えば、「八幡浜漁港の歌」に関しては、朝6時に鳴るミュージックサイレンとしても使用されており、多くの人々に親しまれている。馴染み深い民謡に合わせて踊った後、八幡浜の盆踊りは、音頭取りによる口説きで締められる。向灘の盆踊りには創作口説きがあり、口説き手によって口説く歌に違いがみられる。自分で歌を創作して口説く者もいれば、口説き手から受け継いだ歌を口説く者など様々である。また、口説き手により歌い方にも特徴があるなど、地域によって興味深い違いが見られる。そこで、2章では、向灘で盆踊りの音頭取りを務める人々を紹介すると共に、地域によってどのような違いが見られるかを述べる。

 

 

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写真 勘定地区での口説きの様子

2章 音頭取りたち

 

2-1 谷本廣一郎氏

 

 まず始めに、向灘の勘定地区に住む、谷本廣一郎氏にお話を伺った。谷本氏は、生まれも育ちも八幡浜であり、八幡浜の伝統を受け継ぎ、後世に伝え、地域の発展に尽力してきた1人である。谷本氏は幼少期、盆踊りに参加している際、やぐらの上で汗を流しながら音頭を取る口説き手に対し、強い憧れを持ったと話している。「私もあの場所に立ちたい」という思いや、子供の頃から口説き手を近くで見ていたことから、谷本氏が口説き手になった際、独特なリズムを理解することや、口説き歌を覚えることは難しくなかったそうだ。

 1章より、口説き手によって口説く歌が違うと紹介したが、谷本氏は自身で創作した口説き歌を用いて、はやし手に合わせて口説いている。この口説き歌は、明治27年に九州の福岡より、みかん・夏みかん・ネーブルを約3000本導入し、八幡浜の危機をみかん栽培で救った、大家百治郎を讃える歌である。大家百治郎は、当時、生活が厳しく貧しかった八幡浜で、何か新しいことを行い今の現状を打開したいと考え、みかんの苗木を植えた後に、多くの人々にみかんの育て方を教え続けた結果、みかんは八幡浜を代表する果物として、広く有名となった。

 盆踊りの際、口説き歌は、口説き手から口説き手へと繋がれて続いていく。谷本氏は、役を引き継ぐ際に、決まった口説き文句があるという。

 

「もろた もろとや 音頭をもろた  アヨイヨイ

もろた音頭なら 広めにゃならぬ  ソレモヤー、ハートセー、ヤーハートセ

  宵の音頭さんよ近寄りなされ アヨイヨイ

  口説けよれば 踊り子もはずむ  ソレモヤー、ハートセー、ヤーハートセ」

(谷本,1996)

 

 この口説き文句から始まり、大家百治郎の伝記へと歌詞は変わっていく。

 

「時は明治の 中頃すぎて  アヨイヨイ

  村は貧乏な 漁師のたつき  ソレモヤー、ハートセー、ヤーハートセ

  こんなことでは 皆んなが食えぬ  アヨイヨイ

  何かよいこと 考え出そうお  ソレモヤー、ハートセー、ヤーハートセ」

(谷本,1996)

 

 終盤に差し掛かると、口説き歌を次の口説き手へと引き継ぎ、谷本氏の口説きは終わりを向かえる。

 

「やっとうれしゅや 世継ぎができた  ソレモヤー、ハートセー、ヤーハートセ

  わしの文句も この声限り  アヨイヨイ

  右のおん手の この唐傘も  ソレモヤー、ハートセー、ヤーハートセ

  いちをそろえて お渡しします  アヨイヨイ」

 

 この「向灘盆踊り口説き」はおよそ20分に渡って行われる。実際に、著者である私も冒頭部分の口説き歌を拝聴したが、少し低く遠くまで響く谷本氏の声は非常に聴きやすく、口説き手として住民の人々に支持されるその魅力を強く感じた。

 

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写真 谷本ご夫妻

2-2 上田耕筰氏

 

 次に、谷本氏と共に八幡浜の口説きを受け継ぎ、支えている上田耕筰氏にお話を伺った。上田氏は、八幡浜で美容院を経営する傍ら、地域に代々伝わるてやてや踊り競演大会へチームで出場し、団長を務め優勝。また、高松音頭マイスターとして町の発展に貢献するなど、取り組む内容は多岐にわたる。上田氏は18歳~20歳の頃に口説き手を継いだが、その背景には2-1で紹介した谷本氏への憧れがあったと話している。今もなお尊敬していると話す谷本氏と、上田氏自身の口説きの違いを尋ねると、声の音程にそれぞれ違いがあり、特徴が表れているという。谷本氏の声色が低いのに対し、上田氏は少し高めである。理由として、上田氏は元々高音が出しやすく歌いやすいという点と、女性の口説き手から口説きを受け継いだため、自然と高い声色で口説きを行っていたという2点を挙げていた。上田氏へインタビューを行う中で、口説きは歌や役割をただ受け継ぐのではなく、口説き手の想いや特徴も理解し、自分の想いと共に口説き手へと繋いでいく。その過程が口説きの魅力の1つであると強く実感した。

 上田氏は、谷本氏と同じく創作口説き歌を用いて口説きを行うが、谷本氏と違い、その口説き歌は自身で作詞したものではないという。上田氏が口説きの際に用いる、創作口説き歌「二宮忠八翁賛歌」は、以前から交流のあった菊池啓秦氏が作詞した歌であり、菊池氏が上田氏に是非この歌を口説いてほしいと希望を伝えたことが始まりとなり、その想いを胸に上田氏は今もこの歌を口説いている。この歌は、八幡浜市矢野町出身で、明治時代の航空機研究者である、二宮忠八を讃える歌である。二宮忠八は、陸軍従軍中の1889年に「飛行器」を考案し、その翌年には、ゴム動力による「模型飛行器」を製作している。また、独自に人間が乗れる実機の 開発を目指し、完成には至らなかったものの、その先見性や独創性から「日本の航空機の父」と評価された。また、「飛行器」は忠八本人の命名によるものであり、忠八の死から18年後の1954年、英国王立航空協会が自国の展示場へ忠八の「玉虫型飛行器」の模型を展示した際は、彼のことを「ライト兄弟よりも先に飛行機の原理を発見した人物」と紹介するなど、偉大な功績を残している。二宮忠八の偉大さを後世に伝え続けるため、口説き歌として上田氏は歌い続けるのである。

 

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写真 白いはっぴを着て、てやてや音頭を踊る上田氏

2-3 川本茂二氏

 

 最後にお話を伺ったのは、盆踊りの際、口説き手と共に太鼓を叩いて音頭を取る、太鼓打ちの川本茂二氏である。川本氏にはインタビューの際、太鼓打ちとして何か心掛けていることはないかと尋ねたが、その際、意識していることが2点あると話していた。1つ目は、口説き手によって口説きの始め方が違うため、先に叩いてリズムを生み出すのか、それとも、先に口説き始める口説き手に合わせて太鼓を打つのか、相手の出方に合わせて音頭を取るということ。2つ目に、口説きのその場でのノリを大切にするということを述べていた。盆踊り自体は競技ではなく、堅苦しいちゃんとした決まりはない。その為、例え中学生でも太鼓を叩きたいと希望があれば、リズムの取り方から教えることも可能であり、実際、祭りの合いの手は中学生数名にお願いすることがあるという。祭りに向けて練習をすることはあるものの、ルールなどには縛られず、その時その場で生まれる空気を大切にし、即興に近い形で音頭を取ると話していた。川本氏には太鼓打ちの師匠はおらず、こうしなければならないという見本がないからこそ、川本氏自己流の唯一無二の太鼓打ちが生まれるのである。

 

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写真 川本茂二氏

3章 盆踊りの昔と今

 

 盆踊りと口説きの歴史や、口説きを受け継ぐ音頭取りについて詳しく述べてきたが、ここでは八幡浜の盆踊りの現状について述べる。盆踊りは、開催日数の縮小や開催時間の短縮に伴い、昔のように何日もかけ盛大に行事を行うことが難しくなっているように感じた。実際に、現在の向灘の盆踊りもそれぞれの地区で1日かけて行われており、何日も時間をかけて行うことは無いという。しかし、娯楽的要素を含みながら、地域の交流の一環としての役目をしっかりと担っており、盆踊りが本来持つ特徴はそのままに、地域の変化に合わせて少しずつ変化を遂げているのではないだろうか。

 しかし、今回の調査で気になった点は、口説き手の減少である。今も勘定で口説きが行われている一方で、向灘の杖之浦では口説き手がおらず、口説きを録音したレコードを流して盆踊りを行うという。地区によって口説き手は決まっているが、ほかの地区で口説いてはいけないなどのルールはないため、地区を超えて口説きを行うことはあるものの、人数が少なくその負担も大きい。その為、谷本氏は口説き手育成の場を自ら設け、口説き手を後世に残すための取り組みを行っているという。

 

結び

 

 八幡浜での調査において、盆踊りや口説きの文化を学ぶ一方で、文化を受け継ぎその役目を担う方々へインタビューを行った。1人1人のライフヒストリーや八幡浜に対する愛情を、会話を通して実感するとともに、彼らの文化の担い手としての責任を強く感じた。盆踊りや口説きを自身の思い出として完結させるのではなく、その経験を後世に残すためにどうすればいいのかを考える。それは、彼ら自身が盆踊りや口説きを通して得た経験から、伝統を受け継ぎ守り続けることが、八幡浜と共に生きてきた自身への責任だと感じているからではないだろうか。

 

謝辞

 

 本論文作成にあたりご協力頂いた谷本廣一郎様、上田耕筰様、川本茂二様、突然の訪問にも関わらず温かく迎え入れて頂き、本当にありがとうございました。皆様の協力失くして本論文を完成させることは出来ませんでした。また、協力して頂いた多くの八幡浜の方々へもこの場を借りてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。

 

参考文献

 

・谷本廣一郎,1996『俚諺と俚謠と人の風景』八幡浜新聞社

・大本敬久,2005『民族の知恵 愛媛八幡浜民族誌』創風社