関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

燐寸の戦後史―ある燐寸技術者のライフヒストリーから―

燐寸の戦後史―ある燐寸技術者のライフヒストリーから―

岡本 千佳


【要旨】
 本研究は、終戦直後から現在まで燐寸業界に携わり続けている燐寸製造機械の元技術者のライフヒストリーから、戦前の日本を代表する一産業が、戦後復興や経済成長の過程でどのように変化していったのかを明らかにしたものである。本研究で明らかになった点は、次のとおりである。


1.神戸港、華僑ネットワークにより原材料の輸入と製品の輸出に有利だったこと、燐寸製造に必要な安価で豊富な労働力があったことから、神戸は明治時代から燐寸生産の中心地となった。

2.終戦直後、燐寸統制株式会社は統制会社令廃止と占領軍の集中解除により業務内容によって3つに分割される。また深刻な原材料不足により火付きの悪い不良燐寸が製造され、これに抗議した主婦たちが主婦連合会が発足した。

3.燐寸工場の職工・女工たちは、朝日が昇るとともに請負制(歩合制)の作業をほとんど毎日休みなく行った。楽な作業ではないものの悲哀に満ちた雰囲気でもなく、雑談なども交わされながら作業は行われていた。

4.昭和20年代後半から30年代の日本の経済成長に伴い燐寸業界も海外進出を始め、アジア・アフリカ・南米等に燐寸製造機械を輸出し、工場稼働まで携わった。しかしながら誘致国の情勢不安、国民性の違い、原材料不足などから、いずれも軌道に乗らなかった。

5.戦前はドイツなどからの輸入に頼っていた燐寸製造機械は、昭和20年代後半から50年頃まで国内でも多く開発・製造された。その目的は効率化による大量生産から、全自動化による人件費の削減へと変化していった。

6.燐寸の需要は、使い捨てライターと家庭用ガス機器の自動点火装置の普及により、昭和52年には最盛期の59%にまで減少した。日本燐寸協同組合は協同組合日本マッチラテラルと名称を変え、各燐寸工場は広告燐寸に加え日用雑貨・広告品の製造、駐車場やスポーツクラブの経営など多角化して活路を見出している。


【目次】
序章――――――――――――――――――――――――――――――――――――――1

 第1節 問題と方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2

     (1)燐寸の戦後史とはなにか

     (2)燐寸と佐藤正光氏

 第2節 日本の燐寸産業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2

     (1)燐寸の黎明

     (2)燐寸と神戸

第1章 燐寸以前――――――――――――――――――――――――――――――――9

 第1節 少年時代の神戸・西宮・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10

 第2節 高等学校・大学時代・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11

     (1)高等学校

     (2)大学

 第3節 海軍技術士官時代・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12

第2章 戦後復興と経済成長――――――――――――――――――――――――――15

 第1節 広島での終戦・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16

 第2節 燐寸統制株式会社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16

     (1)燐寸業界との出会い

     (2)不良燐寸と主婦連合の誕生

 第3節 燐寸工場・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18

     (1)職工

     (2)女工

第3章 海外進出の時代――――――――――――――――――――――――――――34

 第1節 ブラジル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36

     (1)ブラジル

 第2節 パキスタンマダガスカル・タイ・・・・・・・・・・・・・・・・39

     (1)パキスタン

     (2)マダガスカル

     (3)ギニア

     (4)タイ

 第3節 技術者として・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43

     (1)軸取機・折取機

     (2)ミキサー・インプル機・ロールカッター

     (3)電算機

     (4)JIS規格

第4章 燐寸の転換期―――――――――――――――――――――――――――――51

 第1節 自動点火・100円ライターの登場・・・・・・・・・・・・・・・52

     (1)バイオ研究所

     (2)広告燐寸

 第2節 変わりゆく業界の形・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・54

     (1)日本燐寸ラテラル

     (2)業界の多角化

結語―――――――――――――――――――――――――――――――――――――61

参考文献・URL一覧―――――――――――――――――――――――――――――63

あとがき―――――――――――――――――――――――――――――――――――65


【本文写真から】

写真1 レンガ造りの雲井工場(神戸市中央区

写真2 軸配列作業の様子

写真3 さまざまな形状の広告燐寸


【謝辞】
 本論文制作にあたり、「北野工房のまち」の「マッチ棒」の方、神戸市兵庫区、長田区、中央区の住民、区役所の方にご協力いただきました。情報、資料の提供にとどまらず、佐藤氏を紹介していただき、快く場所も提供してくださった社団法人日本燐寸工業会の中川新一朗氏、松本和久氏、スタッフの方に心よりお礼申し上げます。そして長時間にわたる聞き取りに快く応じてくださった佐藤正光氏のご協力がなければ本論文を制作することはできませんでした。深く感謝いたします。