森田萌
【要旨】
本論文は、大阪府泉南郡熊取町をフィールドに、この地域に伝わる盆踊り歌である横山音頭について調査を行うことで、「伝統」がどのように伝承されるかを明らかにしたものである。本研究で明らかになった点は、次のとおりである。
1.横山音頭は、横山地区と呼ばれる、和泉市・岸和田市・貝塚市の山間部、熊取町、泉佐野市の南部一帯に伝わる盆踊り歌である。幕末もしくは明治初期にはすでに存在していたとされる。浄瑠璃や歌舞伎の床本を取り入れた盆踊り歌で、3つの節で構成されていることが特徴である。江戸時代以前の武家社会、公家社会を描いた時代物の外題が多く使用されており、用いられる楽器は太鼓のみである。横山音頭はもともと座敷で聞くものであったが、後に盆踊りで使用されるようになった。
2.かつては堺市美木多上から熊取町のあたりまで広範囲に分布していた横山音頭であるが、泉州音頭など、近代以降に発展した音頭が台頭してきたことにより、横山音頭を行う地域は減少した。現在では、熊取町全域および貝塚市山間部の一部で行われるのみである。
3.熊取町において、盆踊りの際には横山音頭のみが行われる。しかし、昔から横山音頭のみを行っていたわけではなく、さんや系の音頭や佐野くどきなど、別の盆踊り歌を行っていた時期もある。また、泉州音頭の音頭取りを呼ぼうとしていた時期もある。
4.熊取町の盆踊りは青年団の主催で行われる。開催場所は、和田・高田・七山・大宮・五門・久保・小垣内・小谷・紺屋・朝代・大久保・野田地区の全12箇所であり、最終日の22時頃からは仮装が行われる。かつては多くの人びとが盆踊りに参加しており、盆踊りは結婚相手をさがす男女の出会いの場でもあった。しかし、現在は少子化の影響もあり、参加人数の減少がみられる。
5.熊取町において盆踊りの開催期間は3日間であったが、現在は2日間に短縮されている。また、開催時間も短縮されている。かつて盆踊りの最終日は朝方まで踊り続けていたが、現在は夜の12時頃には終了している。
6.古くから伝えられている横山音頭であるが、昔と比べて速度が上昇している。横山音頭は下半身をよく使う踊りであるため、遅すぎる速度だと足に負担がかかり、長時間踊ることができない。そのため、踊りやすいように自然と速くなっていた。しかし、河内音頭ほどアップテンポになると年配の人が踊れないので、速くしすぎるわけにもいかない。現在の横山音頭は幅広い年齢の人が踊ることができる速度なのである。速度を上昇させたのは、おそらく熊取町の音頭取りである河合一良氏とのことである。
7.河合氏は、河内音頭の外題を横山音頭に取り入れている。河合氏は京山幸枝若という浪曲師の河内音頭を好んで聞いており、この河内音頭の歌詞を横山音頭の節でやってみようと思ったことがきっかけである。河合氏は河内音頭の導入について、「河内音頭を横山音頭につくりかえた」と語っていた。また、「昔からある横山音頭みたいに、自分がつくったやつが、これから先に横山音頭やる人たちに広まってくれたら嬉しい」とも発言しており、実際、河内音頭を導入した横山音頭は河合氏以外にも歌われている。
8.河合氏が横山音頭にもたらした変化は、横山音頭を破壊しているように見えるかもしれない。しかし、「横山音頭をみなさんに知ってほしい」という言葉からわかるように、河合氏は横山音頭という「伝統」を多くの人びとに伝承しようとしているのである。
9.横山音頭における速度の上昇と河内音頭の導入という事例から、「伝統」を伝承するとは、かつての姿をそのまま後世に伝えていくということではなく、古くから伝えられてきたものを状況に応じて適応させることで多くの人びとに受け入れられるものとし、伝えていくことであると考えられる。
【目次】
序章
第1節 問題の所在
第2節 横山地区と横山音頭
(1) 横山地区
(2) 横山音頭
第1章 熊取町の横山音頭
第1節 熊取町と盆踊り
(1)熊取町
(2)盆踊り
第2節 外題と太鼓
第3節 節
第4節 仮装
第2章 伝統を伝承する
第1節 河合一良氏のライフヒストリー
第2節 速度の上昇
第3節 河内音頭の導入
結語
補論 大阪府下の盆踊り
文献一覧
謝辞
【本文写真から】
【謝辞】
本論文の執筆にあたり、多くの方々のご協力をいただきました。
お忙しい中、熊取町のことや横山音頭についてのお話を聞かせてくださり、さらに貴重な資料や写真を提供してくださいました、河合一良氏。
横山音頭のそれぞれの節や囃子を、分かりやすいように色分けをして教えてくださいました、阪上知子氏。
河合氏を紹介してくださり、成合地区に関する問い合わせに対応してくださいました、一般社団法人くまとりにぎわい観光協会の皆様。
これらの方々のご協力なしには、本論文は完成には至りませんでした。今回の調査にご協力いただいた全ての方々に、心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。