関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

「困窮島」という神話 ―愛媛県二神島/由利島の事例―

「困窮島」という神話
愛媛県二神島/由利島の事例―
那須くらら

【要旨】本研究は、宮本常一をはじめとする民俗学者達が唱える「困窮島」という概念について愛媛県二神島/由利島をフィールドに実地調査を行うことで、それらの島が地元の人々にとって「困窮島」なのか野地恒有氏が唱える「移住開拓島」にあたるのか明らかにしたものである。
「困窮島」という概念は本島で貧しくなった者が属島に開拓に行き財産を築くとまた戻ってくる貧民救済という風習・制度に対して民俗学者が名付けた総称である。これに対して野地恒有は開拓・開発の姿を制度としてとらえるべきではなく、移住プロセスそのものに問題の焦点を合わせるべきだとして「移住開拓島」を主張していた。
本研究で明らかになった点は、次のとおりである。

1、二神島は島のほとんどが半農半漁の生活だった。昭和の初めまではイワシ漁やタコ壺漁が盛んだった。特に由利島でイワシがよく獲れるため、七月末から八月初旬までの間に由利島へ渡島して十月に行われる祭りに合わせて帰ってくるという習慣があった。

2、戦時中は食料難ということもあり、食料増産のために由利島を開拓して畑を作らねばならなかった。軍にも食料を供出する必要があった。イモや麦を優先して育てるように軍からの忠告があった。二神島は既に開発され尽くされていたために、漁業だけで食べていた人は由利島を開拓するしかなかった。

3、由利島には海軍が常駐。広島の呉を敵の攻撃から守るための島でもあった。戦後も食糧難は続きしばらくイモや麦を栽培。儲けがでるということでミカン栽培を始める人々も現れた。このころに宮本常一が島を訪れたと思われる。イワシ漁で島と島を行き来する人々や耕作する人々。必死で生きようとする彼らの姿に宮本は「困窮島」を見出したのではないか。しかし、それらは制度として人々の間に位置づけられていた訳ではなかった。「移住開拓島」と見たほうがよさそうだ。

4、イワシ漁・ミカン栽培で栄えた由利島は現在無人島。人々が去った島は原始の状態に戻ろうとしていた。二神島の住民でも「移住開拓時代」の明確な記憶を持つ人は少なくなってきている。


【目次】
序章「困窮島」をめぐる研究の課題――――――――――――――――――――――――――――1
 第1節 民俗学者と「困窮島」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
 第2節 「困窮島」と移住開拓島・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
  (1) 野地恒有の文章・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
  (2) 本調査の趣旨・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
第1章 二神島と由利島――――――――――――――――――――――9
 第1節 忽那諸島二神島/由利島・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
 第2節 二神島の暮らし・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
 第3節 イワシ漁で栄えた由利島・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
  (1) 二神島漁協組合資料・・・・・・・・・・・・・・・・16
  (2) 宮本常一の文章・・・・・・・・・・・・・・・・17
  (3) 住民の語り・・・・・・・・・・・・・・・・19
(4) イワシ祭り・・・・・・・・・・・・・・・・21
第2章 由利島は本当に「困窮島」なのか――――――――――――――――――25
 第1節 村上節太郎氏の聞取りノート・・・・・・・・・・・・・・・・26
 第2節 島の人々の語り・・・・・・・・・・・・・・・・29
 (1)田村富男氏・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30
 (2)杉山邦子氏・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33
 第3節 戦争に翻弄された由利島・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
第3章 戦後の由利島―――――――――――――――――――――37
 第1節 イワシ漁の不調とミカンの暴落・・・・・・・・・38
 第2節 由利島の現在・・・・・・・・・・・・・・・・40
 (1) 公衆電話とサバイバルの島・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40
(2) 由利島上陸(2011年9月)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42

結語 「困窮島」という神話 ――――――――――――――――――――――――――――49
参考文献・URL一覧―――――――――――――――――――――51
 


【本文写真から】

写真1 村上節太郎撮影 昭和39年 由利島の浜辺と集落 

写真2  村上節太郎氏撮影 昭和39年由利島の長屋

写真3 長屋の跡 

写真4 由利島

【謝辞】今回の研究では中島文化センターの豊田渉さんに二神島/由利島の資料提供や由利島同行をしていただき大変お世話になった。また取材に協力していただいた二神島の田村富男さん、杉山邦子さんには感謝の思いでいっぱいである。他にも、宿や自転車貸し出しの御世話をしていただいた藤田さんや声をかけてくださった二神島の方々など多くの方のお力添えで研究をすることができた。この場を借りてお礼申し上げる。