関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

寿司職人の民俗学的研究―N氏のライフヒストリーから―

畠澄代

 

 

【要旨】

 本論文は、現代で活躍する職人の中でも寿司職人を対象にし、埼玉県春日部市の寿司職人Nのライフヒストリーを通じて、寿司職人が修業時代に修得する慣習や職人気質を明らかにしたものである。本論文で明らかになった点は、以下のとおりである。

 

1. 職人という職業は12世紀ごろの中世封建社会において生まれ、経済や物流の面において人々の暮らしを支え続けてきた。現在の寿司は1824年ごろ華屋与兵衛が江戸で江戸前寿司(握り寿司)を考案したことが発祥とされる。第二次世界大戦終戦後、東京に働きに出た人達が江戸前寿司の技術を修得したのち、地元に戻り寿司屋を開いたことで、全国各地に江戸前寿司が伝わり、寿司職人という業種も広まった。

 

2. 寿司職人になるためには、①知り合いの紹介、②縁のない店への飛び込み、③学校の紹介の3つの方法のいずれかで寿司屋に住み込み、修業する。①による採用が多かったが、雇用機会の平等などの政策のため③による採用が増えていった。最近になると住み込みは少なくなり、店に通いながら修業することが多くなった。

 

3. 寿司職人のキャリアは①初職入職・修行層、②職人入職・修行層、③初職入職・定着層、④職人入職・定着層の4つに大まかに分けられる。修業を続けるため店を渡り歩く者や一定の店に留まる者など、自由にキャリアを重ねることができた。

 

4. 寿司職人になるには10年ほど修業しなければならず、修業年数によって修得できる技術が変わってくる。また、店の秘伝を知るためには親方の信頼を得ることが必須で、ある程度修業を積んだものでなければならなかった。この慣習は店の味を守るという点で有効なほか、修業内容の重要ポイントとなり、この技術を修得した弟子たちに自信を与えるという点でも有効だった。

 

5. 技術を修得するためには、親方の作業を盗み見ることが唯一の方法であり、親方に直接聞くことはタブーとされていた。盗み見た後は自分で試行錯誤をしながら技術を磨いていった。弟子は自主性、積極性を持って修業することが求められた。

 

6. 住み込みをしていく中で、親方とその家族、兄弟弟子の間で上下関係や人間性を育んでいった。また技術の向上に努め、一つのことを集中して取り組む精神力が養われていき、修得した技術を後世に伝えていこうとする意志を持つようになる。これは、親方の姿を見て身に付く職人気質というものであり、寿司職人を続ける中で不可欠なものである。

 

7. 住み込みをしながら、ある一定期間働き、特定の技術を修得することを目的とした徒弟制度のもとに、寿司職人は発展してきた。徒弟制度は閉鎖的であり独占的な制度であったため、近代化・産業化に伴い修業層の労働賃金の確保や修業形態の見直しなど、変化が求められた。

 

8. 寿司業界では個人経営店が激減し、そこに勤める従業員数も減少している一方で、法人経営の大型店が台頭し始め、それに伴い従業員数も増加している。これは労働内容をマニュアル化したことによるアルバイトの増加と考えることができる。これにより寿司職人の役割が変化し、従来の徒弟制度にある修業課程は会社経営では廃れていった。

 

9. 寿司職人の高齢化によって、廃業する者や弟子を取れなくなる者が増加し、従来の修業課程の伝承が難しくなっている。

 

10. 寿司職人の後継者不足により、修業方法が積極性を重んじるものから受動的なものに変化した。その結果、修業で身に付く職人の慣習や職人気質が修得しにくくなった。

 

 

【目次】

序章

 

第1章 寿司職人にみる慣習・職人気質
 
 第1節 歴史
 
 (1) 職人の歴史

 

 (2) 寿司と寿司職人の歴史

 

 第2節 寿司職人への道

 

 (1) 職を得る

 

 (2) 修業内容


 (3) 職人気質

 

 (4) 徒弟制度

 

第2章 寿司職人のライフヒストリーと時代による寿司職人の変化

 

 第1節 寿司職人のライフヒストリー

 

 (1) 調査方法としてのライフヒストリー

 

 (2) 調査概要

 

 (3) Nのライフヒストリー 幼少期から少年期

 

 (4) Nのライフヒストリー 少年期から青年期

 

 (5) Nのライフヒストリー 青年期から現在

 

 (6) 寿司職人のライフヒストリーから考えられる寿司職人の慣習・職人気質

 

 第2節 飲食産業の移り変わりと寿司職人

 

 (1) 寿司業界の労働市場

 

 (2) 寿司業界の高齢化

 

 (3) 寿司業界の後継者の有無

 

結語

 

文献一覧

 

 

 

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表 寿司職人N氏の略年表

 

 

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写真 寿司職人N氏の店 正面

【謝辞】
本論文の執筆にあたり、多くの方々のご協力をいただいた。お忙しいなか、寿司職人の慣習や職人気質、修業時代の徒弟制度、現代の寿司屋についてお話を聞かせてくださった、寿司職人N氏、N氏の店の従業員の皆さん。資料を提供していただいたH氏、I氏。これらの方々の協力なしには、本論文は完成に至らなかった。今回の調査にご協力いただいたすべての方々に、心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。