関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

竹細工と竹工芸―別府市・大分市の事例から―

竹細工と竹工芸―別府市大分市の事例から―

竹中東吾

【要旨】

本論文は大分県別府市および大分市端登・大分市廻栖野をフィールドに、芸術作品としての竹工芸と生活財としての竹細工について実地調査、またそれに関わる人々から聞き取り調査を行うことで、竹細工に関わる人々の生活、芸術作品としての竹細工と生活財としての竹細工の関係や差異、過去と現在の竹細工についての問題を明らかにしたものである。本研究で明らかになった点は次のとおりである。




1.日本では太古の昔から生活をより豊かにするために身の回りにある様々な素材から、多種多様にものが作られてきた。その中でも素材として竹を使用したものは『竹細工』と呼ばれる。竹細工職人の研究や竹細工の製法や歴史についての研究は一定量存在するものの、竹細工を行う人について竹細工への関わり方の種類ごとの生活の研究はほとんど存在していない。

2.竹細工は他の素材にはない利点から多くのものが作られるようになり、竹は人々の生活に欠かすことの出来ない素材となった。竹で作られたものの多くは農民の民具として扱われるものだった。次第に竹自体の芸術性が評価されていくようになり芸術作品としての竹工芸も行われていくようになった。生活財としての竹細工は化学製品の新素材により次第に需要を減少させていったが、現在でも広く活用されている。

3.本論文のフィールドである大分県は竹細工に適しているといわれる「真竹」の生産量が日本一ということもあり、竹細工の文化が非常に発展していた。別府市の別府竹細工は伝統工芸品として認定されていることや、竹芸・竹工芸の分野で人間国宝に認められた者が存在することなど、竹工芸の分野でも非常に発展した県であった。

4.竹細工を行っている人には3つのタイプが存在することが明らかとなった。一つは伝統工芸品である竹工芸を行っている作家である。これは大分県では主に別府市に存在しており、別府市には若手の支援制度もあるなど技術者育成が行われている。二つめは農業の副業として生活財の竹細工を行っている農家である。農業を行ううえで使われる竹細工を自作して使用している。副業として行っているため、複雑な竹細工は行っておらず、簡単な笊や籠などを制作している。3つめは竹細工を生業として行っている青物師である。箕などの複雑な竹細工も作成しており、青物師にしか作れないものも多く存在する。川漁などを行い生活の足しにしているひとたちも存在する。

5.竹工芸には黒物、白物と呼ばれる種類がある。黒物とは籃胎漆器のことであり、出来た作品が黒いものが多いことから籃胎漆器と呼ばれる。白物とは油抜きされた白竹を用いた竹工芸である。白物のなかにはクラフト竹工芸という種類も存在する。クラフト竹工芸とは汚れや染みのない綺麗な白竹の竹ヒゴのみを用いて編組される。作られる作品はハンドバッグや弁当箱など、身近で活用しやすいものが多い。

6.大分県で竹工芸が栄えた要因は別府市にできた別府工業徒弟学校である。明治期に出来た別府工業徒弟学校(現・大分工業高等学校)には竹藍科が設けられ、竹細工の技術者育成が行われた。講師には兵庫県有馬の竹細工職人が呼ばれた。そのため、大分県の竹工芸には有馬の竹工芸の技術が入っている。結果、有馬で盛んに作られていた花籠や茶道具などが別府を代表する工芸品になった。その他、室内で行う有馬の方法も伝授され、別府の竹工芸は現在でも室内で行い、邪魔にならない程度の短いヒゴで行っている。

7.生活財としての竹細工を行うものは技術教育で竹細工の仕方を習ったわけではなく自己流のものや家庭内伝習が多くみられた。そのため、竹工芸作家とは道具や方法も違い、それは同じ青物を作るもの同士でも違っていた。

8.竹工芸作家の竹の入手方法は主に製竹業者からの竹材の購入であるのに対し、青物師などは近隣の山に入り竹を伐採して加工していた。竹工芸に使われる竹は一般的に油抜きが行われているため、竹材を購入したほうが効率的であるが人間国宝の生野翔雲斎は自分で竹林に入り、素材とする竹を選抜し、油抜きも個人的に行っていた。

9.竹細工の問題として従事者の減少もあるが、竹林を管理する所有者の高齢化や少子化などの問題もある。放置され荒れた竹林の竹は質が悪い。竹林の面積は増加傾向にあるもののそのほとんどが荒れた竹林である。それらは素材として活かすことができない。




【目次】

序章 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――1

 第1節 問題の所在‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2

 第2節 大分の竹事情‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4

  (1)日本の竹事情‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥5

  (2)大分の竹事情‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥8

 第3節 芸術作品‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥9

  (1)白物‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥10

  (2)クラフト工芸品‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥10

  (3)黒物‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥10

第1章 素材としての竹材――――――――――――――――――――――――――17

 第1節 竹の分類と性質‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥18

 第2節 竹材の供給‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥20

  (1)日本の竹材の供給‥‥‥‥‥‥‥‥‥20

  (2)大分県の竹材の供給‥‥‥‥‥‥‥‥22

  (3)竹材の伐採‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥24

 第3節 伐採時期と良材‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥24

第2章 芸術作品としての竹工芸―別府― ――――――――――――――――――27

 第1節 別府の概況‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥28

 第2節 別府竹細工‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥29

  (1)別府竹細工・竹工芸の歴史‥‥‥‥‥29

  (2)別府竹細工の種類‥‥‥‥‥‥‥‥‥32

  (3)芸術作品‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥32

 第3節 竹細工の技法‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥37

  (1)油抜き‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥37

  (2)竹ヒゴの製作‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥40

  (3)網み目‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥45

  (4)籠編みの工程‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥46

  (5)道具の種類‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥48

 第4節 若手の支援制度‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥53

 第5節 作家‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥53

第3章 生活財としての竹細工―大分市端登 房崎一男氏の事例― ―――――――57

 第1節 大分市端登の概況‥‥‥‥‥‥‥‥‥58

 第2節 副業としての竹細工‥‥‥‥‥‥‥‥58

 第3節 製法‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥61

 第4節 道具の種類‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥68

第4章 生活財としての竹細工―大分市廻栖野 明石勝馬氏の事例― ――――――73

 第1節 大分市廻栖野の概況‥‥‥‥‥‥‥‥74

 第2節 生業としての竹細工‥‥‥‥‥‥‥‥75

 第3節 製法‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥80

 第4節 道具の種類‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥82

  (1)竹細工の道具‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥82

  (2)その他の道具‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥83

結語――――――――――――――――――――――――――――――――――――91

文献一覧――――――――――――――――――――――――――――――――――95



【本文写真から】


写真1 別府市竹細工伝統産業会館に展示されてある別府竹細工


写真2 自分で考案した幅取り機を用いて竹細工を行う房崎氏の様子


写真3 房崎氏が製作した背負い籠


写真4 河川敷で竹細工を行う明石氏の様子



【謝辞】

 本論文の執筆にあたり、多くの方々にご協力をいただいた。
 お忙しいなか、別府竹細工についてのお話を聞かせて下さった、竹工芸山正の店主、別府市竹細工伝統産業会館の五木氏、別府大学の段上達雄氏、青物竹細工の話を聞かせて下さった、房崎一男氏、明石勝馬氏、資料を見せて下さった、大分県歴史博物館職員の菅野氏、その他にも、別府市竹細工伝統産業会館職員のみなさま。これらの方々のご協力なしには、本論文の完成にはいたらなかった。今回の調査にご協力いただいた全ての方々に、心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。