関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

「物忌」のゆくえ ―伊豆諸島における来訪神伝承の消長―

辻涼香

【要旨】

本研究は伊豆諸島において行われている物忌行事と、物忌の日に現れる「来訪者」にまつわる伝承について、伊豆大島・神津島をフィールドに実地調査を行ない、人々の立場に注目し、伝承の動向を解き明かすことを目的とする。行事に関わる人々を中心的立場(神職)・周辺的立場(一般家庭)・外部(島外の者)の3つに分類し研究した。本研究で明らかになった点は、次のとおりである。
 
1. 物忌行事の中心的立場(神職)は物忌の日に神迎えを行なっていた。しかし、神事を無闇に語らない傾向があるため、周辺的立場(一般家庭)は神事の詳細を知らされておらず何を迎えているかを知らずに物忌を行なっている。

2. 周辺的立場の者は、中心的立場の者が何を行なっているか詳細を知らず、厳しい物忌だけを行なううちに、なぜ自分たちが物忌をするかという独自の伝承を語るようになった。そのため、たとえば神津島では、「お知らせの神」、「祟られる」、「翁がいた」、「幽霊を見た」というように、中心的立場が迎える神(伊豆の神々、猿田彦大神)とは距離のある話が周辺的立場によって語られている。

3. 伊豆大島では中心的立場が神迎えを行わなくなったため、中心的立場の伝承がほとんど消滅した。周辺的立場の伝承は「悪代官の怨霊が訪れる」「悪代官を倒した25人の若者が訪れる」などと様々だったが、泉津村役場という公的機関が「25人の若者の霊」という伝承を取り上げた結果、その伝承が伊豆大島では主流となった。

4.伊豆大島では、 関東大震災を契機とした生活改善意識の芽生え、戦時中における物忌行事の一時的中断、戦後の生活様式の急激な近代化に伴う生活改善意識の向上により、物忌行事そのものが消えつつある。それに伴い、中心的立場だけではなく周辺的立場が語る伝承も消滅する可能性がある。

5. 「来訪者」が、漫画やインターネットに取り上げられたことにより、島の外部の者も伝承を知り、島内の周辺的立場の外側に、新たな伝承の担い手が生まれた。さらに、「来訪者」に対して独自の解釈を持つ者、「来訪者」の創作をする者が現れたことにより、島内で語られていた伝承とは異なる個別の物語が生まれている。

6. 山口貞夫は『地理と民俗』(1944)で、神の信仰が「低下」した結果、「神」が「怨霊」や「亡霊」になったと述べた。しかし、現地調査の結果、祭祀に関わる立場の違いにより伝承に重層性が生まれており、祭祀の中心的立場の者が消え、伝承の重層性が消失した結果、「神」が「霊」となるという実態があることがわかった。さらに、現在、周辺的立場も消失しつつある。すると、周辺的立場の更に外側の層である外部の立場が語る伝承のみ残り、「霊」から「怪談」「キャラクター」に変化する可能性がある。


【目次】
序章

 第1節 研究史の問題と所在

 第2節 フィールドの概況
  (1)神津島

  (2)伊豆大島

第1章 神津島の二十五日様

 第1節 二十五日様の行事

  (1)中心的立場

  (2)周辺的立場

 第2節 二十五日様の伝承

  (1)中心的立場

  (2)周辺的立場

第3節 伝承の重層性

第2章 伊豆大島の日忌様

 第1節 日忌様の行事

  (1)中心的立場

  (2)周辺的立場

 第2節 日忌様の伝承

  (1)中心的立場

  (2)周辺的立場

 第3節 日忌様の祠と墓

 第4節 伝承の重層性の消失

第3章 伝承のゆくえ

 第1節 地獄先生ぬ~べ~

 第2節 海からやってくるモノ

結語
文献一覧
謝辞

 

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写真1 物忌奈命神社の表鳥居

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写真2 物忌奈命神社の表鳥居に飾られていたイボジリ

 

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写真3 民家に飾られていたイボジリ

 

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写真4 神津島温泉保養センターのお知らせ

 

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写真5 スーパーまるはんの貼り紙

 

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写真6 波治加麻神社の表鳥居

 

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写真7 波治加麻神社の日忌様の祠

 

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写真8 差木地の日忌様の祠

 

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写真9 民家に飾られたトベラ

 

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写真10 日忌様を迎える道




【謝辞】

 本論文の執筆にあたり、多くの方々の御協力をいただきました。
 お忙しい中、二十五日様の祭祀と伝承をお聞かせくださった稲葉豊美氏、鈴木郁夫氏。日忌様の祭祀と伝承をお聞かせくださった坂下たか子氏、森口幹彦氏。差木地の日忌様の祠を一緒に探してくださった本多保志氏、ほか調査にご協力いただいた神津島の皆さん、伊豆大島の皆さん。
 皆様のご協力がなければ、本論文は完成しませんでした。今回の調査にご協力いただいたすべての方々に、深く感謝申し上げます。誠にありがとうございました。