関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

カワコ伝承と「福河童大明神」―隠岐の島町西郷の事例―

カワコ伝承と「福河童大明神」―隠岐の島町西郷の事例―

藤原和香

【要旨】
本論文は民間伝承が、伝承者によって、再編され、繁栄・衰退する経緯と流れを、島根県隠岐隠岐の島町西郷のカワコ伝承「唐人屋河童伝説」を具体例として調査したものである。本調査で明らかになったのは以下の通りである。
 
1.隠岐の島町西郷の中心に流れる八尾川は島最大級の川である。しかし古くから増水による氾濫や、渇水による水不足、水難事故に人びとは悩まされてきた。その為、八尾川を初め、島内の川には水にまつわる伝承や文化が多く存在し、水に関する信仰が篤い。水にまつわる伝承の1つとしてカワコ伝承は挙げられる。「唐人屋河童伝説」の中に登場する呪語、「唐人屋の子だじやあ」は現在70代の住民たちは実際に唱えていた。30代から50代の人びとは、唱えてはいないものの、意味や使い方は知っている。この呪語は西郷西町界隈の人びとによって長く共有されているものとなっている。

2.西郷には「福河童大明神」という河童の祠が存在する。この祠は、屋号「唐人屋」である松岡家に代々伝わる河童伝説の河童を神格化させたものである。この「福河童大明神」は12代目当主松岡弥太郎氏によって、1962(昭和37)年に作られたものである。また弥太郎氏は、「唐人屋河童縁起」として唐人屋の河童伝説を文字に書き起こした。また執筆活動を行っており、著書には「修身(理論編・実践編)」がある。

3.「福河童大明神」の入魂式の時に、近所に住む佐々木新太郎氏は「踊ってみようか?」と弥太郎氏に一声かけた。この一声がきっかけになり、「河童踊り」が誕生する。最終的には、1980(昭和55)年に島根県観光連盟会長から「河童踊り」が「古くから隠岐に伝わる郷土芸能」として表彰されることになる。こうした「河童踊り」によって「河童祭り」が誕生した。1965(昭和40)年代から1975(昭和50)年代頃まで継続して行われていたが、「福河童大明神」創出者の弥太郎氏や「河童踊り」の新太郎氏が死去したことにより、徐々に衰退していった。なお、現在も「河童踊り」の伝承者は存在する。

4.「河童踊り」や「河童祭り」は衰退したが、「唐人屋カワコ伝説」は新たな形で伝承されることとなる。弥太郎氏の妻である、松岡豊子氏は伝説を口頭伝承によって引き継いだ。豊子氏の語りは、地域でも有名であり、「語る姿はまるで河童そのもの」と評判であった。

5.昭和中期に起こった「唐人屋河童伝説」を基にした盛り上がりは一旦衰退したものの、「福河童大明神」など伝説が形となって顕在化したことにより、内外の組織にカワコ伝承は発見されることになる。1996(平成8)年には、河童愛好家の団体、「河童共和国」によって「全国かたりべサミットin隠岐」が行われた。勃興以前のカワコ伝承より西郷に根付くこととなる。平成11年には八尾川の河川敷に「八尾川かっぱ公園」と呼ばれる公園が生まれる。初外部組織によるカワコ伝承の“発見”によって、内部組織は、まちづくりや観光など、さらにカワコ伝承を地域に根付かせ“再創造”していく。

6.2001(平成13)年には「一休会」を中心に、「隠岐島後かっぱ交流会」と言う名のまちづくりの一環となるイベントが開催される。この交流会は少なくとも2年間続いたことが分かった。また交流会の中のミニイベントとして、「かっぱ祭り」が復活した。「かっぱ祭り」は「一休会」の一員である松本勝子氏によって企画された。勝子氏は、日本舞踊若柳流の師範や民謡の普及に力を入れていることから、日本舞踊の演目「念仏河童」や、西郷だけでなく各町内の民謡を披露する場を設けるなど、かつて西郷の西町で行われていた「河童祭り」とは異なる形式で行った。フィナーレには、参加者全員で美空ひばりの「河童ブギウギ」に合わせて輪になって踊った。

7.隠岐は「河童連邦共和国」によって「大山隠岐かっぱ村」に認定される。「大山隠岐かっぱ村」が開村されたことによって、「大山隠岐河童地図」や「大山隠岐かっぱ新聞」が作られ、大山と隠岐の河童伝承が接続し、商品も制作され観光資源が生み出されている。

8. 2013(平成25)年には「全国河童サミット」が隠岐で開催された。開催を記念して、かっぱ像が贈呈された。現在そのかっぱ像は「八尾川かっぱ公園」に設置されている。迎え入れる隠岐側も、「福かっぱマップ」が作られ、記念品として「かっぱマグネット」や「かっぱまんじゅう」なども特別に作られた。

9.カワコ伝承は観光にも影響を及ぼす。隠岐旅工舎は、2010(平成22)年から八尾川を周遊する「かっぱ遊覧船」の運行を開始した。河童を目玉として商品化できるほど地域に根付いてきたことが分かった。

10.現代でも隠岐では河童を見た人が存在する。河童の目撃者であるC氏は、「福河童大明神」が鎮座する西町出身である。C氏が河童を目撃したのは、「八尾川かっぱ公園」や「隠岐島後かっぱ交流会」が行われるなど、河童が隠岐の島町西郷で再び盛り上がってきた成人後のことであった。

民間伝承は伝承を受け継ぐ人の個性によって、伝承に新たな文脈が生まれると考える。一定を保つのではなく、繁栄・衰退・再編という創造のサイクルによって受け継がれているのだ。よって、民間伝承は創造の連続によって、現存していると考える。

【目次】

序章―――――――――――――――――――――――――――1
 第1節 問題の所在・・・・・・・・・・・・・・2
第2節 隠岐の島町西郷・・・・・・・・・・・・・3
第3節 河童とは何か・・・・・・・・・・・・・・7
  (1)河童の誕生・・・・・・・・・・・・・・7
  (2)河童の名称・・・・・・・・・・・・・・7
  (3)河童の容姿・・・・・・・・・・・・・・11
  (4)河童の嗜好・・・・・・・・・・・・・・15
  (5)河童の嫌いなモノ・・・・・・・・・・・15
  (6)河童と神様・・・・・・・・・・・・・・16
  (7)河童由来の社寺・・・・・・・・・・・・17

第1章 カワコ伝承―――――――――――――――――――――19
 第1節 中村川水系・・・・・・・・・・・・・・20
 第2節 元屋川水系・・・・・・・・・・・・・・22
 第3節 春日川水系・・・・・・・・・・・・・・23
 第4節 久見川水系・・・・・・・・・・・・・・24
 第5節 重栖川水系・・・・・・・・・・・・・・26
  (1)重栖川・・・・・・・・・・・・・・・・26
  (2)苗代田川・・・・・・・・・・・・・・・27
  (3)小路川・・・・・・・・・・・・・・・・27
 第6節 長尾田川水系・・・・・・・・・・・・・28
 第7節 那久川水系・・・・・・・・・・・・・・28
 第8節 都万川水系・・・・・・・・・・・・・・29
 第9節 加茂川水系・・・・・・・・・・・・・・30
 第10節大久川水系・・・・・・・・・・・・・・31
 第11節八尾川水系・・・・・・・・・・・・・・32
  (1)八尾川・・・・・・・・・・・・・・・・32
  (2)銚子川・・・・・・・・・・・・・・・・39

第2章 「福河童大明神」の創出――――――――――――――――38
 第1節 唐人屋とカワコ・・・・・・・・・・・・39
 第2節 松岡弥太郎氏・・・・・・・・・・・・・45
 第3節 「福河童大明神」の創出・・・・・・・・48

第3章 「河童祭り」―――――――――――――――――――――53
 第1節 「河童祭り」の創出・・・・・・・・・・55
 第2節 「河童祭り」と「河童踊り」・・・・・・60

第4章 カワコの語り部――――――――――――――――――――67
 第1節 語り部としての松岡豊子氏・・・・・・・68
 第2節 豊子氏のカワコ論・・・・・・・・・・・70
 第3節 豊子氏によるカワコをめぐる物語・・・・71

第5章 カワコ伝承の現在―――――――――――――――――――79
 第1節 「八尾川かっぱ公園」と「一休会」・・・80
 第2節 「隠岐島後かっぱ交流会」・・・・・・・84
 第3節 「河童サミット」の開催・・・・・・・・89
 第4節 「大山隠岐かっぱ村」・・・・・・・・・91
 第5節 かっぱ観光・・・・・・・・・・・・・・96
 第6節 現代の河童目撃譚・・・・・・・・・・・98

結語―――――――――――――――――――――――――――――100

文献一覧―――――――――――――――――――――――――――106

謝辞―――――――――――――――――――――――――――――107

【本文写真から】

写真1 隠岐の島町西郷の景観

写真2 「福河童大明神」

写真3 「河童踊り」で使用されたお面

写真4 「唐人屋河童アルバム」


【謝辞】
論文の執筆にあたり、隠岐の多くの方々からご協力をいただいた。
 お忙しい中、隠岐で「河童」に関係する人をご紹介してくださった、吉岡克一氏。そして「河童祭り」の映像提供や話を聞かせてくださった「京見屋分店」の谷田夫妻。伝説に登場する脇差や豊子氏が語る映像を提供してくださった、「唐人屋」の松岡吉弘氏。「河童踊り」に使用したお面や父にあたる新太郎氏の人柄についてお話してくださった、佐々木夫妻。様々な資料、「河童祭り」や隠岐の歴史を教えてくださった斎藤一志氏。「八尾川かっぱ公園」や「かっぱ祭り」について、お話してくださった松本勝子氏。「かっぱ遊覧船」や「大山隠岐かっぱ村」についてお話や資料を提供してくださった「隠岐旅工舎」の八幡洋公氏。図書館で多くの情報や資料を提供してくださった住田美津子氏、隠岐の貴重な研究資料を見せてくださった野津哲志氏。隠岐や「河童祭り」や「河童踊り」について話を聞かせてくださった隠岐の島町の皆さん。これらの方々の温かいご協力があったからこそ、本論文は完成に至ることが出来た。今回の調査にご協力頂いた全ての方々に、心より御礼申し上げます。本当にありがとうございました。