土の霊力と土地の神―土をめぐる信仰の民俗誌―
山根琴代
【要旨】
本研究は、土に関する信仰について事例を集め、それらを「土の霊力に対する信仰」と「土地を守護する神への信仰」の2つに分類したものである。本研究で明らかになった点は次のとおりである。
1.『古事記』や『日本書記』に登場する土の神は、生みの神であるイザナミが火の神を生み、火傷した際にした糞から化生した神である。『古事記』では波邇夜須毘古神・波邇夜須毘賣神、『日本書記』では埴山姫として語られている。他に神社の祭神として埴山彦・埴山姫の2神が祀られることもあり、それらを1神に称した名が埴安神である。埴は粘土のことで、糞から赤土を連想したものである。これは、単なる田畠の土の神というだけではなく、粘土を練り形を整え、火で焼いて祭器を作っていたであろう当時を思うと、陶磁器の祖神とも考えられる。また、共に生まれた水の神と共に肥料の神とされることもある。
2.『日本書記』には、神武天皇が東征の際に、天の香具山の土で平瓦や、手抉、厳瓮を造り天神地祇を祀り、勝利得たという説話がある。大阪府大阪市住吉区に鎮座する住吉大社には、毎年2月および11月の両度祈年祭・新嘗祭に先立って、この両祭に用いる土器を製するための埴土を、大和の畝傍山の山頂で採取する埴使という神事があるが、もとはこの説話に基づいて天の香具山の埴土を採ったとされている。また同じく『日本書記』の崇神天皇10年9月条には、天の香具山の土のことを「倭国の物実」としていることからも、天の香具山の土が、古くから倭国そのものとして呪力あるものとされてきたことがわかる。
3.方災除の社として知られている方違神社は、摂津・河内・和泉の3つの国の境界地点にあり、何処の国にも属さない、方位の無い清地であるとされている。その境内の御土と菰の葉にて作られた粽は、悪い方位を祓うと信じられている。
4.地鎮祭とは、建築物の工事着手の前に執り行われ、土地の神や工事の守護神をお祀りし、敷地の穢れを清め払って、工事の無事進行、竣工と永遠の加護を祈願するものである。地鎮祭では、大地を守護する大地主神や大地の氏神様で村の鎮守の神である産土大神などが祀られ、土地に手を加えることを神に報告し祈願する。工事中に執り行われる上棟式、建造物の完成後執り行われる竣工式と共に三大祭式と呼ばれ、最も祭式の意味が重いと考えられており、他の建築祭式と比べ省略されることが少ない。
5.地神とは、その土地を守護する神のことを指すが、現在民間に分布する地神信仰は、その本来の神格に加え、付随する特性の一側面が強調され、荒神、田の神などの神格を濃厚にした例も多く、呼び方や祀られ方などその実態は多様である。
6.日本各地にある社日という祭りは、豊作を祈願するものとされている。しかしもともとは中国にあった風習で、土地の守護神ないしは部族の守護神である社を祭り、作物の豊熟を祈ったものであった。これが日本に入ると、古くからの田の神信仰や地神信仰と習合して、全国に広がり、豊作を祈願する節日になった。特に四国では、社日と地神信仰との習合が強く、社日には地神を祭る習俗が強い。
7.屋敷の守り神である屋敷神を祖霊信仰との関連においてみた場合、開拓先祖や遠祖を屋敷神として祀る形と家代々の死者を屋敷神として祀る形の2つに分類できる。また屋敷神は、チヂン・ジシン(地神)、ヂガミ(地神)・ジヌシ(地主)などの地神系統の呼称で呼ばれるものがあり、それらにもこのような祖霊的性格をみることができる。
8.地神と荒神は祖霊信仰という共通性を有しており、信仰内容において極めて多くの類似点を持っている。地神と荒神が相補的に分布する地域もあり、地神と荒神の間に地荒神という中間地帯があり、かつ、地主神と荒神の圏の間に地主荒神という中間地帯が存在することから、その神格がよく似た荒神と地神は移行し得ると考えられる。またその移行過程にはある種の宗教者が関与していた。
9.「土の霊力に対する信仰」は、『古事記』や『日本書記』などの神話や、それらに基づいたものが多く、現在は「土地を守護する神への信仰」の方が多くみられるという傾向を指摘できる。
【目次】
序章――――――――――――――――――――――――3
第1章 土の霊力に霊力に対する信仰 ―――――――――5
第1節 ハニヤス ――――――――――――――――――6
第2節 天の香具山 ―――――――――――――――――8
第3節 埴使 ――――――――――――――――――――10
第4節 亥の子 ―――――――――――――――――――11
第5節 方違神社 ――――――――――――――――――12
第2章 土地を守護する神への信仰 ――――――――――15
第1節 地鎮祭 ―――――――――――――――――――16
第2節 地神 ――――――――――――――――――――17
(1)地神 ―――――――――――――――――――――17
(2)地神と社日信仰 ――――――――――――――――17
(3)地神と屋敷神 ―――――――――――――――――18
(4)地神と荒神 ――――――――――――――――――20
結語――――――――――――――――――――――――25
文献一覧――――――――――――――――――――――27