位山信仰の研究―岐阜県高山市の聖地をめぐって―
堀口 裕哉
【要旨】本研究は、岐阜県高山市に位置する位山及びその周辺地域にて実地調査を行うことにより、位山を中心に展開されている多数の信仰を分析し、太古より聖地としての側面を持つ位山が、今日に至るまでどのように信仰され意味付けされてきたのかを明らかにしたものである。本研究で明らかになった点は以下の通りである。
1. 岐阜県高山市一之宮町に位置する位山は南北に川が流れ、日本を南北に分断する分水嶺である。そのことから元来、水を司る神である水無大神を祀る飛騨一宮水無神社の御神体として祀られてきた。位山に現存するイチイの木は、歴代の天皇が即位される際に献上される笏の材木として使用されてきたという習わしが存在する他、官位昇進を例えた歌枕として和歌の題材になるなど、太古から数多の信仰を集めてきた山である。
2. やがて昭和9年頃に郷土研究者の上原清二が、現在は偽書として扱われている太古の日本の歴史について記された資料である竹内文書をもとに、高天原は飛騨に存在したとする「飛騨高天原説」を提唱した。竹内文書には位山は日本を治める中心の地であったと記されており、飛騨高天原説の中でも位山は重要な場所であるとされた。このことを契機に位山を日本の中心であるとする信仰が展開されるようになった。
3. 上原と平行して、丹生川村で教師をしていた山本健造が、昭和10年頃に若田仁太郎という人物から伝え聞いた伝承をもとに研究を行い、平成元年にその調査結果を第二の飛騨高天原説として発表した。この説は上原の提唱したものとは起源を別にするものである。山本の飛騨高天原説において位山は、オオヒルメムチノミコト(天照大御神)などの歴代天皇家の家系の人々を葬った場所であると同時に祭事を行う場所であるとされた。
4. 昭和25年には、上原の影響を受けた都竹峰仙が独自の信仰を展開した。都竹峰仙は、高山市内の御嶽教飛騨教会の不動明王像を製作した仏師であり、幼い頃より神仏の夢を見るなど不思議な体験をしていたという。峰仙は自身の手で「位山開き」を行い、位山奉賛会という団体を結成した。そして位山奉賛会によって位山の神を祀る太陽神殿と龍神像が位山内に作られた。位山では現在でも年に2回、奉賛会主催の位山祭りが開催されている。
5. 現在の位山は、メディアやインターネットなどで「パワースポット」として扱われており、個人特有の信仰を実践するスピリチュアルな人々が数多く訪れている。パワースポット化した位山では、上記の飛騨高天原説を始めとした多数の信仰の要素が織り交ぜられ、同時に「UFO」「オーラ」などの本来位山とは関係のない文脈までもが巻き込まれる形で新たな信仰の文脈が形成されている。
6. 上記の通り位山では昭和初期から現在にかけて多数の信仰が発生した。そんな中で、一之宮町の土着の信仰である飛騨一宮水無神社は、信仰の自由という観点から、神社側から他の信仰へ干渉するつもりはないとしており、極めて中立な姿勢を取っている。また一之宮町の人々の大半は水無神社を信仰しており、他の信仰については殆ど認知しておらず無関心である。一方で一之宮観光協会や行政などの一部の人々は、ウェブサイトで位山をパワースポットとして紹介する他、「最強級のパワースポット」と称する横断幕を町内に掲げるなど、位山のパワースポットとしてのイメージを利用した観光化を試みており、土着信仰の維持と現代的な文脈を用いた観光化とが両立している場所と言える。
【目次】
序章 一之宮町と位山・・・1 |
第1章 飛騨高天原説・・・8 |
第1節 竹内文書と飛騨高天原説・・・9 |
第2節 山本健造と飛騨高天原説・・・11 |
第2章 都竹峰仙・・・25 |
第1節 都竹峰仙の生涯・・・26 |
第2節 都竹峰仙の思想・・・34 |
第3節 御嶽教飛騨教会と都竹峰仙・・・37 |
第3章 パワースポットとしての位山・・・42 |
第1節 パワースポット化する聖地・・・43 |
第2節 位山のパワースポット化・・・44 |
第4章 飛騨一宮水無神社から見た位山・・・47 |
(1) 飛騨一宮水無神社と観光地化する一之宮町・・・48 |
(2) 信仰の維持と観光化・・・55 |
結語・・・57 |
文献一覧・・・59 |
【本文写真から】
写真1 一之宮町から望む位山(写真中央奥)
写真2 山中の飛騨一宮水無神社の奥宮であることを示す鳥居と石碑
写真3 位山信仰においてしばしば信仰の対象となる巨石、通称「天の岩戸」
写真4 位山奉賛会によって山中に建てられた「太陽神殿」
写真5 位山奉賛会によって製作された龍神像
写真6 一之宮町をパワースポットと称している横断幕(一之宮町内)
【謝辞】
本論文を書き上げるにあたり、岐阜県高山市での現地調査にご協力いただいた、飛騨一宮水無神社宮司の牛丸大吾氏、御嶽教飛騨教会のお役目の方、その他一之宮町の皆様方に心より厚く御礼申し上げます。