関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

婚姻仲介の民俗学

婚姻仲介の民俗学

辻井理夏子


【要旨】
 日本では古来より、婚姻の際に、男女の間に立って仲をとりもつ婚姻仲介人が存在し、主に「仲人」や「世話役」と呼ばれている。本研究では、婚姻仲介人について、大阪府三重県をフィールドに実地調査と文献調査を行なうことで、彼らがどのような役割を担い、時代の流れとともに、その諸相はどのように変化を遂げてきたのかということを明らかにしたものである。明らかになった点は、次の通りである。

1. 奈良時代から婚姻における仲介者は存在していたとされる。江戸時代には、ビジネスとしての婚姻仲介業が成立し、その始祖は江戸の京橋の大和慶安という町医者であった。医者は様々な家を出入りすることからその家の事情を把握し、医者という職業は社会的地位も高かったため信頼も厚かった。

2. 江戸時代から、明治、大正、昭和、平成と時代を経てもなお、婚姻仲介とビジネスというモデルは存続している。現在では、大手結婚相談所や結婚情報サービスが目立っているが、趣味の領域で婚姻仲介を行なっている人も少なからず存在する。

3. 婚姻仲介業は地方よりも都市部の方が発達していた。地方では、血縁や地縁が濃いため、世間話などから縁談に発展する可能性も高くなる。一方、出稼ぎなどを目的に地方から来た人々は、都市部における地縁が薄いため、婚姻仲介業者に結婚相手を斡旋してもらうのである。

4. 呉服屋、布団屋、家具屋、宝石屋など、結婚式や新婚生活で必要なものを扱う店は、自然と婚姻の仲介を頼まれる場合がある。お店側にとっても、うまく成婚まで導けば店の商品を買ってもらえる可能性があるため、双方にとって利益をもたらす関係になることができる。

5. 呉服屋が婚姻仲介業を兼業していることが多い。呉服屋は店先で商品を売買する小売業とは違い、呉服屋は着物を広げるためにお客さんの家に上がる。そこで会話を交わしていく中で、お客さんの家の事情や好みを知り、信頼関係が生まれることが縁談につながる。それが何世代にも及ぶことがある。

6. 生命保険の営業や税理士という金融関係の仕事であっても、婚姻仲介を頼まれる場合がある。生命保険の営業は、お客さんの家に上がり込み、会話を重ねていくうちに、家庭状況を把握し、同じような家柄の者を紹介することが可能となる。税理士は受け持つ商店主や工場長などから、部下の結婚相談を持ちかけられ、婚姻の仲介役を買って出ることがあった。

7. 農村における若者離れや過疎化は、今から50年ほど前も問題視されていたが、その解決の一端を担っていたのが、農村の婚姻仲介者たちであった。全国の農業委員会が各地に農村結婚相談所を設立したり、農業が閑散期になる時期には、跡継ぎを見つけるために婚姻仲介を積極的に行なう者がいたりした。

8. 全国仲人連合会などの婚姻仲介者連盟が発足するより以前は、個人で婚姻仲介を行なっている人が集まりグループを結成し、お互いの情報を交換するという活動がなされているところもあった。

9. コンピューターの普及によって、婚姻仲介者連盟が発足し、コンピューターが相性の合いそうな者を紹介してくれる結婚情報サービスが急速に流行したことで、本来であれば出会うことのなかった遠い者同士が結ばれることが可能となった。1973年にドイツのアルトマンシステム社が日本に上陸したことが、ジャスコなどの日本の大手企業が結婚情報サービスに参入するきっかけであった。


【目次】
序章 問題の所在・・・・・・・・・・・・・・・5
第1章 婚姻仲介の歴史・・・・・・・・・・・・7
 第1節 江戸時代以前・・・・・・・・・・・・8
 第2節 江戸時代・・・・・・・・・・・・・・9
 第3節 明治・大正時代・・・・・・・・・・・10
 第4節 昭和時代・・・・・・・・・・・・・・11
 第5節 平成時代・・・・・・・・・・・・・・12
第2章 様々な仲介者たち・・・・・・・・・・・15
 第1節 医者・・・・・・・・・・・・・・・・16
 第2節 古物商・・・・・・・・・・・・・・・17
 (1) 古着商・・・・・・・・・・・・・・・17
 (2) 古手商・・・・・・・・・・・・・・・18
 第3節 個人系・・・・・・・・・・・・・・・19
 (1) 趣味による婚姻仲介・・・・・・・・・19
 (2) 趣味から仲人ビジネスへ・・・・・・・21
 第4節 布団屋・・・・・・・・・・・・・・・23
 (1) 寝具の森・・・・・・・・・・・・・・23
 (2) 後藤ふとん店・・・・・・・・・・・・24
 第5節 呉服屋・・・・・・・・・・・・・・・27
 (1) 上田呉服店・・・・・・・・・・・・・27
 (2) 織元えどや・・・・・・・・・・・・・30
 (3) きもの座よし崎・・・・・・・・・・・34
 第6節 生命保険営業、税理士・・・・・・・・37
 (1) 生命保険営業・・・・・・・・・・・・37
 (2) 税理士・・・・・・・・・・・・・・・38
 第7節 優生結婚相談所・・・・・・・・・・・40
 (1) 日本優生運動協会・・・・・・・・・・41
 (2) 日本民族衛生学会・・・・・・・・・・41
 (3) 厚生省・・・・・・・・・・・・・・・44
 第8節 地方自治体・・・・・・・・・・・・・45
 第9節 民営結婚相談所・・・・・・・・・・・47
 第10節 大手結婚情報サービス・・・・・・・49
 (1) アルトマンシステム・・・・・・・・・50
 (2) 日本における大手結婚情報サービス・・52
結語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・58
謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60
文献一覧・・・・・・・・・・・・・・・・・・・61


【本文写真から】

[広告] 祥瑞社(『読売新聞』1880年9月9日)
筆者が確認できた最も古い婚姻仲介業に関する広告



上田呉服店の店先
呉服と一緒に「結婚相談所 和悠会」の看板も掲示されている



上田呉服店の内観
入ってすぐにソファーがあり、ここで結婚相談を受けることが出来る



[広告] ハッピーファミリークラブ(『読売新聞』1985年2月1日)
婚姻仲介を頼まれる税理士の人々が集結し、結婚情報サービス事情を立ち上げた



[広告] アルトマンシステム(『読売新聞』1985年3月11日)
ドイツのアルトマンシステム社が日本に流入したのちに掲載された広告
その他にも1980年代には、多数の日本の企業が婚姻仲介業に関する広告を掲載した



【謝辞】
 本論文を執筆するにあたって、多くの方々からご協力いただきました。大阪府三重県において、呉服屋、布団屋、生命保険の営業、個人で結婚相談所を経営する方々。突然の訪問にも関わらず、本研究にご理解いただき、婚姻仲介について様々なお話を聞かせてくださいました。本論文の完成は、皆さんのご協力無しにはなり得ませんでした。この場をお借りして、心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。