関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

歴史の発見と祭りの再構築―貝塚市・櫛まつりの事例から―

歴史の発見と祭りの再構築―貝塚市・櫛まつりの事例から―

門谷真衣

【要旨】

本論文は貝塚市においておよそ80年ぶりに開催された櫛まつりを例として、歴史の発見をきっかけに櫛まつりが再構築されるまでの一連の流れおよび櫛まつりと櫛職人との関わりについて明らかにしたものである。本研究で明らかになった点は次のとおりである。

1.和泉国はかつて、農業をするものが少なく、職能民が多かったとされる。また、櫛にまつわる伝説が残る貝塚市西南部では院政期に上皇や院の熊野参詣の挙行が度重なったことによる給養・宿泊施設の整備に伴って、櫛づくりをはじめとする職能奉仕者が必要とされたとされる。

2.近世は、近木庄と呼ばれる地域(現貝塚市西南部)全域に櫛職人が居住していたとされる。明治に入ると企業化が進み、大正期には最盛期をむかえるものの、セルロイド製の櫛が出始めるにつれて、その勢いに陰りが見え始める。木櫛の主な材料であるシャムツゲの入手難と高価格も要因となり需要が停滞したとされる。また、木曽櫛の台頭もその衰退の要因とみられる。

3.かつて櫛職人が多数住んでいたとされる貝塚市沢地区には、八品神社という神社がある。八品神社は明治42年に南近義神社に合祀されたものの、神社自体は残されている。また、この八品神社の氏子圏には八老と呼ばれる組織が存在する。八老は代々八品神社の管理をしていたが、2003年、八老自身の体力の低下から、八品神社の管理に手が行き届かなくなったことをきっかけに八品神社の管理権が八老から沢町会に移った。その後、八老内部の決まり事も沢町会によって制定され、八老の間における集会も沢町会によって行われるようになった。

4.メディアによって櫛の神様を祀った神社として八品神社が取り上げられたことをきっかけに、八品神社の櫛の信仰に興味を持った人々が八品神社にお参りに来るようになった。またそれをきっかけに、沢町会は辻忠商店協力のもと、八品神社内に櫛資料室を開館させた。櫛資料室には、櫛づくりの道具や、櫛にまつわる様々な資料が展示されている。

5.2012年7月16日、かつて櫛祭神事と称されていた祭事で使用されていたとされる「櫛まつり」と彫られたゴム印が偶然発見された。櫛まつりという祭りがあれば、もっと多くの人にお参りに来てもらえるに違いない。そのように考えた沢町会は櫛まつり開催へ向け歩みを進め、櫛や八品神社に関する情報収集にも力を注ぐようになった。

6.沢町会は情報収集の過程でお六櫛の存在を知り、沢町会は長野県木曽郡木祖村の八品社をお参りした。その様子は新聞記事にも取り上げられ、櫛資料室にも展示されている。また、八品神社や八老について何か分かるかもしれないと考え、八老の間で持ち回りされていた資料の箱も開けた。

7.2013年11月30日に第1回櫛まつりが開催された。このまつりには八老や稚児も参加し、神輿を担いで練り歩くなど盛大に行われた。また沢町会自ら地元のテレビ局、新聞社に呼びかけて、櫛まつりの取材をお願いした。

8.第1回目の櫛祭り後、沢町会館で見つかった資料と八老の持ち回り資料について沢町会は、自分たちの手に負えないと判断し、貝塚市教育委員会に調査を依頼した。調査後、教育委員会によって整理された資料のデータを何気なく見ているうちに、かつて行われていたとされる櫛祭神事の写真をはじめとする資料を見つけた。これらの資料により、かつて行われていたとされる櫛祭神事がどのようなものであったのかが徐々に明らかになっていった。

9.2016年11月27日に第4回櫛まつりが行われた。この日はあいにくの雨であったため、神事は八品神社で、それ以外のプログラムは沢町会館で行われた。多くの人がまつりに参加し、

10.櫛まつりへの櫛職人の参加は、沢町会の一員である辻忠商店を除いて一切見られない。これはつまり、八品神社の氏子圏に櫛職人の居住が見られないためである。


【目次】

序章 ―――――――――――――――――――7  
 第1節 問題の所在………………………………8
 第2節 職能民としての櫛職人…………………11

第1章 貝塚と櫛――――――――――――――15
 第1節 近世の櫛産業……………………………16
 第2節 櫛産業の衰退……………………………18

第2章 歴史の発見―――――――――――――25
 第1節 八品神社と八老…………………………26
 第2節 八老から沢町会へ………………………28
 第3節 櫛資料室の開館…………………………30
 第4節 ゴム印の発見……………………………34

第3章 祭りの再構築――――――――――――45
 第1節 櫛まつりの再構築………………………46
 第2節 発見され続ける歴史……………………48
 第3節 櫛まつりの現在…………………………54
 第4節 櫛職人と櫛まつり………………………66
  
 結語―――――――――――――――――――69
  
 文献一覧―――――――――――――――――71

【本文写真から】



八品神社


櫛資料室


発見されたゴム印


櫛まつりの子ども神輿


お供え物(櫛まつりの櫛供養にて)


【謝辞】
本論文の執筆にあたり、多くの方々のご協力をいただいた。
取材にもご理解いただき丁寧にお話下さった三宅正親氏をはじめとする沢町会の方々、突然の問い合わせ、訪問にも丁寧に応じて下さった新地奈津子氏、塩谷正市氏、西川健治氏、辻従道氏。これらの方々のご協力なしには、本論文は完成にいたらなかった。今回の調査にご協力いただいた全ての方々に、心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。