関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

大阪の「伊勢屋」 ―鮮魚行商から鮮魚店へ―

大阪の「伊勢屋」―鮮魚行商から鮮魚店へ―
 安田 朱音



【要旨】

大阪には「伊勢屋」という名前の個人営業の鮮魚店が多く存在する。本研究は、なぜ大阪に鮮魚店の「伊勢屋」が集中するのか、大阪と伊勢の地理的関係や時代背景、また現在それぞれの「伊勢屋」がどのように経営されているかについて、大阪府内の鮮魚店の「伊勢屋」をフィールドに実地調査を行うことで、「伊勢屋」の誕生から現在に至る歴史といま「伊勢屋」にかかわる人たちの暮らしを明らかにしたものである。本研究で明らかになった点は、次の通りである。

1.「伊勢屋」は戦後の闇市が発生した頃と同時期に誕生した。それゆえ、大多数の「伊勢屋」が創業60年ほどである。当時三重―大阪間の移動は鉄道に限られており、鮮魚の臭い対策などの為に行商専用列車の鮮魚列車が発足し、「伊勢屋」の創世記に大いに貢献した。しかし現在は交通が整備され、トラックで大阪まで来る「伊勢屋」も増えた。

2.多くの「伊勢屋」は2代目が経営しているが、大型店の台頭による顧客の減少、店主の高齢化、後継ぎ不在などの理由から、「伊勢屋」は減少傾向にある。戦後は「産地直送」という概念が珍しく「伊勢屋」はそれによる一種のブランドを確保していたが、流通の発達した現在においてはその価値も失われつつある。

3.「伊勢屋」には「伊勢屋」同士でのつながり、コミュニティは存在しなかった。「伊勢屋」とは「伊勢から来ました」と名乗るために各々が屋号として利用しているだけで、決して系列店のようなものではない。他の「伊勢屋」のことを知っていたとしても、あのあたりで営業している、あの店はもう潰れたらしい、といった情報程度であった。

4.「伊勢屋」の魚は伊勢のものと限られているわけではない。「伊勢屋」が誕生した当初は、流通が未発達であったため伊勢からは伊勢のものしか持ってくることができなかった。現在、多くの「伊勢屋」が仕入れに利用している松阪の中央市場では全国のあらゆるものが手に入る。

5.大阪鶴橋鮮魚卸売市場では、市場が開かれる前の時間にシャッターを降ろした状態で「伊勢屋」の買い物のために開放される。三重県の市場で三重県の魚しか手に入らなかった頃は、魚の種類も数も極めて少ない。しかし魚屋である以上、一定の品ぞろえが要求される。そのため比較的品ぞろえの良い大阪の市場で足らずを購入する、という慣習が現在まで残っている。

6.家族が伊勢にいるか大阪にいるか、という違いが「伊勢屋」の経営に大きくかかわる。家族が伊勢にいる「伊勢屋」は移動に時間を取られてしまうので、営業時間や睡眠時間が削られる傾向にある。一方家族が大阪にいる「伊勢屋」は遅くまで営業している店もあるが、三重まで仕入れに行く者、主に店主への負担が大きい。また、店舗のある大阪に拠点を置くか、故郷のある三重に拠点を置くかは、結婚した奥さん三重県の人かそうでないか、ということが大きく関わってくるように思われる。

7.魚屋は基本家族一丸となってやるのが当然と考えられている。もし誰か1人でも欠けると一気に経営が厳しくなる。それゆえ、1人1人に課せられる責任は重い。しかしそれがやりがいに繋がっている場合もある。



【目次】

序章 ―――――――――――――――――――――――1

 第1節 問題の所在‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2

 第2節 伊勢と「伊勢屋」‥‥‥‥‥‥‥‥5


第1章 大阪における闇市の展開――――――――――――7

 第1節 闇市とは‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥8

 第2節 大阪の闇市‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥9


第2章 鮮魚列車――――――――――――――――――13

 第1節 行商専用列車‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥14

 第2節 伊勢からの行商人‥‥‥‥‥‥‥‥16

 
第3章 大阪府の「伊勢屋」――――――――――――――17

 第1節 伊勢に家族がいる「伊勢屋」‥‥‥18

  (1)大阪市淀川区の「伊勢屋」‥‥‥‥18

  (2)寝屋川市の「伊勢屋」‥‥‥‥‥‥19

  (3)大阪市都島区の「伊勢屋」‥‥‥‥23

  (4)豊中市の「伊勢屋」‥‥‥‥‥‥‥24

  (5)枚方市牧野町の「伊勢屋」‥‥‥‥25

 第2節 大阪に家族がいる「伊勢屋」‥‥‥27

  (1)高槻市の「伊勢屋」‥‥‥‥‥‥‥27

  (2)門真市の「伊勢屋」‥‥‥‥‥‥‥28

  (3)枚方市岡本町の「伊勢屋」‥‥‥‥30

  (4)大阪市旭区の「伊勢屋」‥‥‥‥‥31


結語 ――――――――――――――――――――――35

文献一覧 ――――――――――――――――――――37



【本文写真から】


写真1 鮮魚列車


写真2 「活魚の店 伊勢屋」


写真3 「鮮魚 伊勢屋」


写真4 「伊勢屋」


写真5 「高級海産物 伊勢屋」の初代野村茂生氏と奥さん


写真6 茂生氏の息子で現店主の野村一夫



【謝辞】

本論文の執筆にあたり、お忙しい中、たくさんの方に調査へご協力いただきました。
突然の訪問にもかかわらずあたたかく迎えてくださった茶谷富二氏、川村英己氏、取材だけでなく写真の撮影まで手伝ってくれた長谷川千春氏、店の営業そっちのけで熱く語ってくれた浜口夫妻、「またいつでもきぃや」と仰ってくれた小浜正徳氏とその奥さん閉店時間を過ぎても取材にこたえてくださった鎌田裕基氏、お昼寝を中断してまで話してくださった野村茂生氏、行きつけの喫茶店に連れて行ってくれた茂生氏の奥さん卒業論文のアドバイスまでしていただいた野村一夫氏、何度お伺いしても笑顔で迎えてくれた一夫氏の奥さん
皆さんのご協力なしには、本論文を完成させることはできませんでした。お力添えいただいたすべての方に、この場を借りて心よりお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。