関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

錦鯉と養鯉場の民俗誌―西日本の事例を中心に― 

錦鯉と養鯉場の民俗誌―西日本の事例を中心に―

高柳寛人


【要旨】
 本研究は、広島県三原市の阪井養魚場、和歌山県和歌山市の関西錦鯉センター、長崎県佐世保市の中山養魚場といった西日本の養鯉場をフィールドに調査を行うことで、養鯉場における錦鯉の生産・飼育方法と販売方法、そして品評会などを開催し、錦鯉を趣味とする愛好家の活動や養鯉場との関係を明らかにしたものである。本研究で明らかになったのは次のとおりである。


1.錦鯉は200年ほど前、新潟県二十村郷(現在の小千谷市長岡市)で冬を越すためのタンパク源として飼育されていた真鯉の突然変異から誕生した。当時、錦鯉という名称はまだなく、「色鯉」「花鯉」「変わり鯉」「模様鯉」など様々な名称で呼ばれていた。錦鯉という名称が定着したのは、今から60年ほどまえのことである。政府が品評を後援したり、国際政治の場において贈呈品として扱われた経緯から「国魚」という名称でも呼ばれている。


2.錦鯉を生産し、販売する業者を養鯉場と言う。養鯉場は全国各地に存在する。新潟で修業した人が、独立後地元に帰り、そこで開業していったのが、新潟県外に拡大した理由のひとつと考えられる。また、広島の事例のように愛好家の数が多い地域に養鯉場が集中しているのも特徴のひとつ。養鯉場にて産卵が行われ、孵化した稚魚は「選別」によって仕分けられ、優秀な稚魚のみが飼育される。その後、体を大きく太く、また模様を鮮やかにするため「野池」に夏から秋にかけて放される。このように錦鯉をさらに成長させることを「鯉を立てる」という。その立て鯉たちを野池から取り上げる作業を「池揚げ」と言う。


3.養鯉場が行う錦鯉の販売方法として「即売」と「競売」というスタイルがある。即売はプール内に泳いでいる錦鯉をすくって購入するスタイル。競売は他人と競い合い、競り落とすスタイル。阪井養魚場の場合、即売会と競売会の告知はホームページにて行われ、日本だけでなく、世界各国から参加するバイヤーがいる。競り落とされた錦鯉の中には持ち主の元に行くことはなく、養鯉場に預けられたままで、品評会のためだけに出品されるものがいる。このような「預かり料」で利益を上げている養鯉場もある。また、多くの養鯉場は成田養魚園が運営するネットオークションに錦鯉を出品することで、錦鯉を販売している。


4.錦鯉が高額な値段がつけられる理由として、元内閣総理大臣田中角栄が関係しているという説がある。錦鯉愛好家であった田中角栄が、「錦鯉は高価」などといった発言を、メディアを通じて発したため、錦鯉=高級魚というイメージを世に生み出したのではないかと考えられている。また、錦鯉の販売価格は定まっていないため、購入者の価値観で錦鯉の値段が決まっていた。高度経済成長期に経済力を持った人物が錦鯉を購入していたことから、錦鯉の値段が自然と上昇したのではないかと考えられている。


5.社団法人全日本愛鱗会など、錦鯉愛好家の団体が存在する。品評会や飼育講演会を開催するなどの活動をしている。愛好団体は世界各国にも存在し、審査員を派遣するなどして国際交流が行われている。一方、昭和44年に錦鯉の生産者と流通業者が一体となって形成された全国的組織・全日本錦鯉振興会が存在する。品評会の開催、錦鯉の普及などの事業を行っている。


6.養鯉場内では、子が後を継ぎ、仕事が継承されている。一方、愛好家内では、親の錦鯉という趣味を子が受け継ぎにくいため、愛好家の高齢化と若者の減少が問題となっている。


7.現在、錦鯉は海外にも輸出され、世界で泳ぐ生き物となっている。しかし、このグローバル化によって、海外で発生したコイヘルペスのような病気が日本の鯉にも感染し、問題にもなっている。ウイルスの感染を防ぐため、品評会では個人プールを使用するなどの対策がなされている。


【目次】

序章 ――――――――――――――――――――1
 第1節 問題の所在‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2
 第2節 錦鯉が生まれるまで‥‥‥‥‥‥‥2
 第3節 養鯉場の世界‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥10

第1章 阪井養魚場―――――――――――――――――――14
 第1節 阪井養魚場―広島県三原市―‥‥‥‥‥‥‥‥‥15
 第2節 即売会‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥23
 第3節 競売会‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥30

第2章 関西錦鯉センター ―――――――――――――――――36
 第1節 関西錦鯉センター―和歌山県和歌山市―‥‥‥‥‥‥37
 第2節 池揚げ作業‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥41

第3章 中山養魚場―――――――――――――――――――――――51
 第1節 中山養魚場―長崎県佐世保市―‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥52
 第2節 客との関わり‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥57

第4章 愛好家と品評会―――――――――――――――――――60
 第1節 愛好家‥‥‥‥‥‥‥‥‥61
 第2節 品評会‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥70
 (1)全日本錦鯉振興会‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥70
 (2)全日本愛鱗会‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥79

結語―――――――――――――――――――――――─――――――――――84
文献一覧―――――――――――――――――――─――――――――――――87


【本分写真から】


即売会の様子



池揚げ作業の様子



ハウス池内の稚魚



品評会の様子


【謝辞】
 本論文は、多くの方の協力のもとに完成することができました。お忙しい中、長時間にわたるインタビューに応えてくださり、またお仕事を見学させていただいた阪井義道氏、片畑廣信氏、中山正義氏。ご自宅に招いてくださり、錦鯉の魅力を教えていただいた伊庭幸治氏、中林幹夫氏。愛知までオークション見学のために車に乗せてくださった上田正裕氏。心より、厚く感謝申し上げます。大変お世話になりました。