関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

鯖江と眼鏡

鯖江と眼鏡

渡邉那奈

【要旨】
 本研究は、国内における眼鏡枠の生産90パーセント以上である福井県鯖江市の眼鏡業について、福井県鯖江市をフィールドに実地調査を行い、実際に働いている(働いていた)方々や関係者からのインタビューなどによって、福井での眼鏡業の発生から、鯖江という場所で眼鏡業が発展した理由、現在までの眼鏡業を取り巻く環境の変化を明らかにしたものである。

 本研究によって明らかになった点は、次のとおりである。

1.福井での眼鏡業の発生は増永五座衛門によるものであり、彼の弟である幸八が、大阪で眼鏡業に就いていたことから始まった。
2.五座衛門の築いた増永工場でしかれた制度である「帳場制」により、眼鏡業が福井で広まっていった。これは縁故関係によるものが多く、そのため五座衛門の母の実家がある鯖江市においても広まる要因となった。
3.戦前は、眼鏡工場が軍需工場へと転用されていたことがあった。
4.前後、旧鯖江三十六連隊跡地の払い下げや立待地区に眼鏡枠工業団地が開発されたことにより、鯖江に眼鏡業がより広まった。
5.現在、中国生産の発展により生産量は減少しているが、各企業は中国に真似のできない技術を用いて対抗している。また、市や眼鏡協会と連携をとり、鯖江の眼鏡(福井の眼鏡)をブランド化し、アピールを試みている。

【目次】

はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 

序章 ―――――――――――――――――――――――――――――― 3
第1節 眼鏡の歴史・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
第2節 鯖江市の概況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5

第1章 鯖江と眼鏡業の起こり ―――――――――――――――――― 8
第1節 眼鏡業の起こりと増永五左衛門・・・・・・・・・・・・・8
第2節 帳場制と労働者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12
第3節 集落による違い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17

第2章 眼鏡業の変遷 ―――――――――――――――――――――― 21
第1節 戦時中の状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21
第2節 戦後の状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22
(1)旧鯖江三十六連隊跡地の払い下げ 22
(2)分業制への移行 27
(3)立待の眼鏡枠工業団地 27

第3章 聞書「鯖江の眼鏡業」 ―――――――――――――――――― 32
第1節 株式会社 栄光眼鏡・・・・・・・・・・・・・・・・・・32
第2節 福井光器株式会社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41
第3節 コスモ工芸・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45
第4節 株式会社 博眼・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51
第5節 株式会社 長井・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55
第6節 水嶋実英氏・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・59

結語 ―――――――――――――――――――――――――――――― 67

文献一覧 ―――――――――――――――――――――――――――― 69

あとがき ―――――――――――――――――――――――――――― 71

【本文写真から】

写真1 増永工場の帳場制

写真2 旧鯖江三十六連隊跡地

写真3 手作業により作られたネジ

写真4 レーザー加工により切り取られたテンプル部分

【謝辞】
調査をするにあたって、鯖江市の眼鏡業者の方々に多くの方々にご教示を賜りました。他県からの調査ということ、また眼鏡メーカーによる展示会の日程の都合上などにより調査は難航しましたが、それでもなお多くの方々からの協力によりこの論文を完成させることが出来ました。お忙しい中インタビューや見学に応じてくださった株式会社栄光眼鏡の三木文二さん、福井光器株式会社の高島永英さん、コスモ工芸の黒田正知さん、株式会社博眼の笹木博之さん、株式会社長井の長井正雄さん、有限会社谷口眼鏡の谷口康彦さん、鯖江市吉川小学校教頭の西沢全哉さん、めがねミュージアムの水嶋実英さん、疑問に答えてくださった福井県眼鏡協会の坂野喜一さん、眼鏡加工体験でお世話になり、文献収集にもご協力いただいた東本小百合さん、兵さんをはじめとした鯖江の方々にこの場を借りて深く御礼申し上げます。