関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

皆法華村の民俗芸能―京都府鶏冠井・松ヶ崎の題目踊り―

皆法華村の民俗芸能―京都府鶏冠井・松ヶ崎の題目踊り―
三木 梓


【要旨】

本論文は、村びとすべてが日蓮宗信徒という皆法華村である京都府向日市鶏冠井地域と左京区松ヶ崎地域の2つのフィールドで実地調査を行なうことによって、皆法華村特有の民俗芸能とも言える題目踊りをもとにこれら2つの地域の違いを解明したものである。本論文で明らかになった点は、次のとおりである。


1. これら2つの地域は、ほぼ同時期に誕生した皆法華村という点で共通しているため、題目踊りが意味するものや誕生の歴史は、それほど大きく異なるものではない。また、それぞれに伝承されている日蓮宗にまつわる逸話なども似ているものが多い。これは、どちらも皆法華村として外部からの迫害に遭いながらもその教義を堅く守ってきた堅法華ならではのことである。

2. 、題目踊りは、日蓮宗を通じて「踊り」という娯楽性とその教義をわかり易く説いているという点で、村の求心性を高めるものとしても機能していたと言える。

3、 鶏冠井題目踊りでは、この踊りの中に女性を一切入れることのない女人禁制を取っており、男性、その中でも長男のみの参加が許された。その歌詞で女性の成仏をうたっているにも関わらず、女性が参加できず、しかも長男のみが参加するということは、鶏冠井ではこの踊りは大切な神事として厳正に行われていたのではないか。

4. 最近になって、継承者不足により、次男や三男や婿までもが題目踊り保存会に加入することが認められるようになった。さらに、鶏冠井題目踊り保存会は、鶏冠井題目踊りをさらに知名度を上げて、多くの人にも親しまれる民俗芸能にするべく、旧来のまま続いている踊り自体の構成や振り付けなど変えようとする案も出ているそうだ。もちろん、保存会員の中には、反対派もいるようで、構成変更に関しては実現までは至ってはいない。

5. 松ヶ崎題目踊りでは、老若男女関係なく踊ることができる村全体をあげての盆行事であった。鶏冠井と比べるとより大衆向けの祭りの一環であったことが伺える。最近は、転入者の急増によって土着の人の割合が松ヶ崎住民の5%ほどになってしまったことで、昔のような皆法華村の様子は消えつつある。しかしながら、立正会という財団法人を立ち上げて、以前のように強固に村の民俗文化を守り継承している。

6. 鶏冠井地域では、鶏冠井題目踊りを地域の民俗芸能として継承保存されることで、ある種のイベント(あるいは町おこしの目玉)として、宗教を問わず多くの人を集めるものに変わってきている。一方で、松ヶ崎地域では、皆法華の民俗芸能として旧来のまま継承保存することを目的とし、さらに、旧来からの日蓮宗に帰依するという意味合いも継承し続けようとしている。そのために、外の者は一切入れることなく、松ヶ崎村の時代からの民俗文化を守ろうと立正会が発足し、現在に至るまで管理されているのである。

7. 鶏冠井題目踊りは、都市化が進んでいくにつれて宗教色が薄くなっていく地域とともに、その民俗文化の性質も変化しつつある。民俗芸能を古くから続く貴重なものとして継承しつつ、その民俗芸能自体も時代と共に変化している。一方で、松ヶ崎題目踊りは、日蓮宗に帰依するという目的を変えず、現在に至るまで強い信仰グループ(立正会)を形成して、継承保存している。

8. その他、装束や構成などの大まかな違いについては下表にまとめた。




























【目次】

序章 問題の所在―――――――――――――――――――5

第1章 鶏冠井と題目踊り―――――――――――――――9

 第1節 向日市鶏冠井・・・・・・・・・・・・・・・・9

 第2節 日常生活の中の日蓮宗・・・・・・・・・・・・15

 第3節 鶏冠井題目踊り・・・・・・・・・・・・・・・18

 第4節 花まつり・・・・・・・・・・・・・・・・・・25

 第5節 鶏冠井題目踊り保存会・・・・・・・・・・・・26

第2章 松ヶ崎と題目踊り―――――――――――――――29

 第1節 京都市左京区松ヶ崎・・・・・・・・・・・・・29

 第2節 日常生活の中の日蓮宗・・・・・・・・・・・・33

 第3節 盆踊りとしての題目踊り・・・・・・・・・・・36

 第4節 大文字妙法と題目踊り・・・・・・・・・・・・40

 第5節 立正会・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43


結語―――――――――――――――――――――――――47

文献一覧―――――――――――――――――――――――51

参考資料
資料1 鶏冠井題目踊り音頭本・楽譜・・・・・・・・・・54

資料2 松ヶ崎題目踊り歌詞・・・・・・・・・・・・・・59

資料3 鶏冠井地域地図・・・・・・・・・・・・・・・・60

資料4 松ヶ崎地域地図・・・・・・・・・・・・・・・・62


【本文写真から】















写真1鶏冠井題目踊りの様子(写真は石塔寺から頂いたもの) 写真2鶏冠井題目踊りが行われる石塔寺本堂    写真3鶏冠井題目踊り音頭本















写真4松ヶ崎題目踊りの様子(涌泉寺資料より引用)   写真5松ヶ崎題目踊りが行われる涌泉寺境内






【謝辞】

本論文における調査では、高槻市上牧の本澄寺のご住職、向日市鶏冠井の石塔寺のご住職、北真経寺のご住職、南真経寺のご住職、鶏冠井題目踊り保存会会員の五十棲俊次さん、さらに、京都市左京区松ヶ崎の涌泉寺のご住職、立正会会長の北野正彦さん、立正会会員の岩崎皓さんには本論文を執筆するにあたり、多くのことをご教示賜りました。ここに上記の方々に心よりお礼を申し上げます。また、上記以外の方々にも、調査の過程でご教示賜ったすべての方にお礼を申し上げます。