【要旨】
本研究は、毎年10月16日から18日に行われる新居浜太鼓祭りにおいて用いられる「太鼓台」に施された飾り幕について実地調査を行うことで、飾り幕をつくる縫師とそれを使用するかき夫の語り、縫師の先人や伝統とのつながり、飾り幕の図柄に込められた歴史的あるいは宗教的思想、時代に即した飾り幕のテーマ設定、縫師と新居浜太鼓台の幕の展望などを明らかにしたものである。本研究で明らかになった点は、次の通りである。
1. 本研究で取り上げた「太鼓台」とは、山車の一種である。その原型は、京都の祇園祭の祭礼山車の「かき山」にあるといわれる。全国的にみると、太鼓台は発祥の地と言われる大阪府をはじめ、西日本各地に見られる。江戸時代中期頃から文化の開花とともに派手になり、海上交通の発展とともに瀬戸内海沿岸に伝播していったとされる。「太鼓台」は屋根の材質によって「布団」と「木造」に大別され、積み上げる布団の枚数は地域によって異なる。
2. 新居浜太鼓台は、布団屋根の太鼓台に分類され、天幕、くくり、房、赤い重(布団)、四本柱、太鼓を入れる台場、横棒とかき棒、そして布団締めと飾り幕で成り立っている。初めは「神輿太鼓」と呼ばれていたが、次第に「太鼓台」あるいは「太鼓」と呼ばれるようになる。
3. 布団締めとは、重の四面に取り付けられるもので、新居浜では2枚で一対の龍が合計8枚ついている。飾り幕は、上幕と高欄幕が四面に計8枚が取り付けられている。この飾り幕に描かれる図柄は、それぞれの太鼓台ごとに異なった図柄を施しており、そこには自治会による考えが込められている。
4. 布団締めや飾り幕を刺繍する者を、縫師または縫箔師と呼ぶ。新居浜太鼓台の幕の歴史において、特に大きな存在として名を残すのが高木縫師と山下縫師である。両縫師は、同時期に香川県や新居浜市で活躍していた。特に山下八郎縫師は、当時の常識を覆す立体感と迫力で人々を圧倒し、新居浜太鼓台の幕を発展させた。彼はその功績により、現代の縫師にまで影響を与えている。
5. 山下縫師に師事した菅原縫師はその後廃業したものの先駆けとして中国に進出した。同じく弟子であった梶内縫師は、店を株式会社に発展させ、幕だけでなく山車一式を手掛けるようになり、現在淡路島の本社と、大阪にも支店を持つ。
6. 合田縫師は、これからの幕はテーマを持ってそれぞれの地域に基づいた幕を作るべきだと考える。新居浜の幕は「刷り込み」による単一的な表現がこれまでなされてきたが、今後はそのアートとしての美しさを追求しながら全体美を構成させていかなければならない。合田縫師は、縫師の後継者不足そして技術や文化の衰退が危惧されるため、社団法人を設立し、育成や技術の伝承に努めている。
7. 金子新田太鼓台は、楠木正成の末裔という伝承が残る地である。かき夫である福井竜彦氏は、楠木正成に通ずるDNAが金子新田にはあり、それを今後新調するときにはそのことを幕に取り入れたいと考えている。
8. 平成15年に新調した高祖太鼓台の幕は氏神に由来するものが題材とされている。現在高欄幕は合田縫師のもとで改修が行われている。都築氏は、新居浜太鼓台の将来を見据えて「祭り好きより太鼓好き」を口癖に、喧嘩祭りの文化ばかりでなく、太鼓台の文化を残していかねばならないと考えている。
9. 飾り幕は、古くは自治会自ら図柄を決定することは少なく、絵師や知識人によって、その時代の思想や背景を映す図柄が題材として使用されることが多かった。また図柄は、縫師によって使い回されたり、他の太鼓台のものを真似たりするなどして、同じパターンの図柄が見られることもあった。また、古くからの図柄を継承している太鼓台もあるが、最近では地域の伝承を題材にするなど、地域に基づくテーマを飾り幕に持たせる傾向が新居浜市に見られる。
【目次】
序章 ―――――――――――――――――――――――――――─―1
第1節 問題の所在‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1
第2節 愛媛県新居浜市‥‥‥‥‥‥‥‥‥1
第1章 新居浜太鼓祭り―――――――――――――――――――─―3
第1節 新居浜太鼓台‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥3
(1)太鼓台とは‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥3
(2)新居浜太鼓台‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7
(3)新居浜太鼓台と祭りの歴史‥‥‥‥9
第2節 布団締めと飾り幕‥‥‥‥‥‥‥‥13
(1)布団締め‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥13
(2)飾り幕‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥14
(3)立体刺繍‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥15
第2章 縫師たち――――――――――――――――――――――─―17
第1節 先人たち‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥17
(1)新居浜と縫師‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥17
(2)高木縫師と山下縫師‥‥‥‥‥‥‥18
第2節 梶内縫師‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥21
(1)歴史‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥21
(2)梶内俊彦氏‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥21
第3節 伊藤辰彦縫師‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥23
(1)ライフヒストリー‥‥‥‥‥‥‥‥23
(2)伊藤縫師の考える幕づくり‥‥‥‥25
第4節 合田武史縫師‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥28
(1)ライフヒストリー‥‥‥‥‥‥‥‥28
(2)合田縫師の考える幕づくり‥‥‥‥29
第3章 かき夫から見た飾り幕―――――――――――――――――─―41
第1節 金子新田太鼓台の飾り幕‥‥‥‥‥41
(1)金子新田太鼓台‥‥‥‥‥‥‥‥‥41
(2)かき夫・近藤光氏から見た飾り幕‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥46
(3)かき夫・福井竜彦氏から見た飾り幕‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥47
第2節 高祖太鼓台の飾り幕‥‥‥‥‥‥‥51
(1)高祖太鼓台‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥51
(2)かき夫・中川涼氏、竹内清高氏から見た飾り幕‥‥‥‥‥‥‥54
(3)かき夫・都築裕治氏から見た飾り幕‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥59
結語―――――――――――――――――――――――――――─―――71
文献一覧―――――――――――――――――――――――――――─―73
【本文写真から】
写真1 新居浜市立郷土美術館に展示されている太鼓台
写真4 金子新田太鼓台の高欄幕(楠木正成)
【謝辞】
本論文の執筆にあたり、多くの方々にご協力いただきました。
お忙しいなか、お話を聞かせてくださった梶内俊彦氏、合田武史氏、伊藤辰彦氏。祭り直前にも関わらず教えてくださった中川涼氏、竹内清高氏をはじめとする高祖自治会のみなさん。突然の来訪にも関わらず快く迎えてくださった近藤光氏、福井竜彦氏をはじめとする金子新田自治会のみなさん。そして、多忙な中お話を聞かせていただき、また私の調査を全面的に支えて下さった都築裕治氏。
皆様のご協力なしでは、本論文を完成させることはできませんでした。今回の調査にご協力頂いた皆様に、心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。