関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

部落に生きる造園業-X市Y地域植木圃場の生業と闘争-

部落に生きる造園業-X市Y地域植木圃場の生業と闘争-
金原 泰

【要旨】
本研究は、地場産業として「植木」を広く取り扱っているX市Y地域、またX市Y地域園芸協同組合が利用している植木の養生地「植木圃場」をフィールドとし、植木を取り扱う「庭師」の生業について調査を行うものである。さらに、庭師らの間で巻き起こる「闘争」の歴史についても調査を行い、庭師らが生活を守り抜くために今も「闘い」続けている実情を記録することにより、Y地域における「闘争の民俗史」を考察することを目的としているものである。
本研究で明らかになった点は以下のとおりとなる。

1.X市Y地域は、明治、大正期より雑多な商品を取り扱う「よろずの行商」が盛んとなる。扱われた商材はわら草履や飯畚、ランプなどが中心となっていた。戦後になると、新たに家屋を建造する大工を相手に「ノコギリの刃」の行商が流行する。

2.またY地域では、明治中期ころから「植木」を取り扱う行商が執り行われるようになった。植木の行商の商売方法として「ノコギリ商法」という方法が存在していた。植木を売るために他の市町村へ赴いた際に、植木の売上金で別の商材を購入し他の地域で売るという商法になっており、主に戦前まではこの手法が主流であったとされている。

3.植木の売り方は「ノコギリ商法」の他に、縁日への出店が挙げられる。しかし、昭和初期ごろに、ある縁日への出店を、運営側が拒否する事件が発生する。これに憤怒したY地域の植木行商の人々は、それぞれが使っていた商売道具(六尺棒)を手に取り、運営側への殴りこみが起きることとなる。これが、Y地域の植木行商の人々による「闘争の歴史」の発端となる。

4.戦後に移ると植木の行商は、基本的に縁日への出店が主流となる。この時期より、Y地域の植木行商の人々には「植木を育てるための土地が存在しない」という不安要素を持つようになる。「ブチモノ」と呼称される接ぎ木の落ち苗を売り歩くことしか出来ずに、十分な利益を得ることが出来ないという状態となっていた。この状況を打開するため、部落解放同盟らとの協力を取り次ぎ、植木を養生する土地「植木圃場」を得る。

5.また、この養生地を得るほぼ同時期に、「X市Y地域園芸協同組合」を結成。植木行商の人々は正式に組合として地場産業を支えることとなる。またこの時期より、植木行商の人々は造園業などにも着手するようになり、植木を軸にした庭造りを行う「庭師」となっていき、業務の転換期が訪れることとなる。

6.上記のような組合体制となって以降、より良い組合にしていくべく、茶碗ハスの栽培や、水道代を節約するための井戸の造成、肥料製造など様々なアイデアを持って、組合を活性化させようとする人物、A氏が組合内で活躍していた。上手くいかなかった事業もあったためか、これを良く思わない人々も存在しており、A氏は最終的に組合からの追い出しを図られる結果となった。

7.A氏の組合追い出し以降、組合内で窃盗や横領などの事件が頻発するようになる。これを打開するためにこの人物の息子であるB氏は悪事を働く「バッタモンの庭師」を取り締まるために、組合理事C氏と組合の改善を図ることとなる。その一方で組合内の団結を図るために「盆踊り」を計画、実施するなど「ホンモンの庭師」として組合内での「闘い」を繰り広げていた。

8.さらに2年前、X市Y地域園芸協同組合はX市から「2014年以降、土地養生地利用の中止」を通達され、事実上の追い出し勧告を受けることとなる。B氏とC氏は「植木」というY地域の地場産業を守るため、そして何よりも各々の生活を守るために、新たな協力団体となる、「Z同盟」との協力、インターネット上での情報発信などを駆使しながら、組合外との「闘い」を今も続けている。

【目次】
序章―――――――――――――――――――――――――――――――――― 3
第1節 問題の所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
第2節 Y地域の概況 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
第1章 行商と植木――――――――――――――――――――――――――― 7
第1節 よろずの行商・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
(1)戦前の行商・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
(2)ノコギリの刃の行商・・・・・・・・・・・・・・・・8
(3)女性の行商・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
第2節 植木の行商・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
(1)「ノコギリ」商法・・・・・・・・・・・・・・・・・9
(2)行商に対する不安要素・・・・・・・・・・・・・・・11
(3)不安要素の解消へ・・・・・・・・・・・・・・・・・11
第2章 植木圃場(X市Y地域園芸協同組合)――――――――――――――――― 16
第1節 植木圃場の形成・・・・・・・・・・・・・・・・・16
(1)植木圃場の沿革・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
(2)商売の変化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17
第2節 植木圃場の現在・・・・・・・・・・・・・・・・・19
(1)行商から「造園」へ・・・・・・・・・・・・・・・・19
(2)組合消失の危機・・・・・・・・・・・・・・・・・・21
第3章 庭師たち ―――――――――――――――――――――――――――― 22
第1節 A前専務理事 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・22
(1)来歴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22
(2)発揮されたリーダーシップと発想力・・・・・・・・・22
(3)購買部からの追い出し・・・・・・・・・・・・・・・23
第2節 B最高顧問 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
(1)来歴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
(2)技術と価値観・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24
(3)植木圃場最高顧問として・・・・・・・・・・・・・・24
第3節 C理事 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25
(1)来歴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25
(2)「クリーン」な植木圃場・・・・・・・・・・・・・・25
(3)Z同盟同盟X市支部代表として・・・・・・・・・・・・26
第4節 D専務理事 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26
(1)来歴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26
(2)集合住宅等の専任管理・・・・・・・・・・・・・・・26
第4章 ホンモンの庭師とバッタモンの庭師‐植木圃場内部での闘い‐――――― 28
第1節 植木圃場に蔓延る悪・・・・・・・・・・・・・・・28
(1)前理事体制による組合予算、土地の横領・・・・・・・28
(2)組合内で起きた「嫌がらせ」・・・・・・・・・・・・28
第2節 組合の体質改善・・・・・・・・・・・・・・・・・30
第3節 植木圃場盆踊り問題・・・・・・・・・・・・・・・33
第5章 植木圃場立ち退き問題‐植木圃場外部との闘い‐ ―――――――――― 35
第1節 同和対策事業特別措置法の失効・・・・・・・・・・35
第2節 X市からの立ち退き要求 ・・・・・・・・・・・・・36
(1)一方的な立ち退き要求・・・・・・・・・・・・・・・36
(2)地域内での孤立・・・・・・・・・・・・・・・・・・36
第3節 植木圃場存続へ・・・・・・・・・・・・・・・・・37
(1)情報発信・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37
(2)海外団体への協力申請・・・・・・・・・・・・・・・37
(3)Z同盟・全国労働組合との協力 ・・・・・・・・・・・37
(4)Z同盟X支部・植木圃場労働組合の発足・・・・・・・・38
(5)「すべてを奪い返す」・・・・・・・・・・・・・・・39
結語―――――――――――――――――――――――――――――――――――41
文献一覧―――――――――――――――――――――――――――――――――41

【本文写真から】

 写真1 現在の植木圃場(事務所2階より撮影)


 写真2 地域協力の一環として、地元の中学生に苗の植え方を教えるC氏


 写真3 「バッタモンの庭師」により故意に破損されたとされる狐の石像


 写真4 「バッタモンの庭師」により枯死した松


 写真5 植木圃場を存続させるためにビラ配りを行っている風景


【謝辞】
 まずはじめに、X市Y地域園芸組合の皆様、本当にありがとうございました。何も知らない人間が飛び込みで伺わせていただいたにも関わらず、植木圃場について1から教えていただき、さらには組合内外に渡る問題についてもお聞きすることができました。とても有意義な論文を作り上げることができました。
 「庭師」としての価値観や技術を直にお聞きすることで、「庭師」の方が固い信念を持ってお仕事をされていることを理解することができ、誇り高いお仕事であることを実感いたしました。
 それだけでなく、X市との問題を発信する「抗議文」「抗議動画」の作成協力をさせていただいたり、組合決起集会に招待していただきました。聞き取りだけではなく、実際に組合の「闘い」に参加させていただいたことは、これからの自分にとって、とても重要な経験になったと確信しております。
 これからも組合を守り抜くために幾多の「闘い」が強いられているかと思います。私に出来ることならば最大限協力させていただく所存です。
 卒業論文を製作するにあたって協力していただいた全ての方々に心より御礼を申し上げます。ありがとうございました。



※プライバシー保護のため、一部の目次・要旨内容に変更を、写真にぼかしを施しております。