関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

カンカン部隊とギョウショウニン −島根県松江市の行商人たち―

カンカン部隊とギョウショウニン −島根県松江市の行商人たち―

光川紗耶



【要旨】
本研究は、島根県松江市をフィールドに、行商人について実態調査を行ったものである。現代に存在するカンカン部隊とギョウショウニンの数人に密着し、彼らのライフヒストリーや行商の様子を観察した。本論で明らかになったのは次の通りである。

1.島根県松江市には、カンカン部隊と呼ばれる女性行商人が存在している。早朝、島根県松江市鹿島町から松江中央水産物卸市場までバスで訪れ、自らセリで魚を買い付けそれらを下ごしらえした後、リアカーを使用し行商を行っている。

2.松江中水産物卸市場では、以前毎日20〜30人程のカンカン部隊が行商を行っていたため、大量のリアカーが置かれていた。しかし、現在ではリアカーの数は2台となり、カンカン部隊は2名にまで減少している。その2名に後継ぎもいないことから、最後カンカン部隊の2名であると分かった。

3.現在では、リアカーを使用して行商を行うカンカン部隊だけではなく、保冷車や軽トラックを使用する行商も行われている。その様な人々はギョウショウニンと呼ばれ、カンカン部隊だった母親や祖母の後を引き継ぎ、魚売りの行商をしている。利用するものに変化はあるものの、カンカン部隊の信念や行動は、今現在でも引き継がれている。

4.カンカン部隊とギョウショウニンの行商には、一般的にお客さんと呼ばれるオトクイサンと、行商の行動範囲を示すナワバリが存在する。それらは、自分で作り上げたものと、親から引き継いだものがあり、それぞれに長い歴史がある。特にオトクイサンは、行商人とお客さんの関係だけではなく、お互いの生活を把握し合っている。

5.鹿島町恵曇では、カンカン部隊の女性達が作り上げた女性部むつみ会が存在している。このむつみ会は、元カンカン部隊の女性達を中心に「魚を無駄にしない、魚のおいしさを広める」ことを根底に、製品を作り続けている。また、地域の子供達を対象とした料理教室を開くなどの活動なども行っている。このむつみ会は、カンカン部隊の延長線と言える。




【目次】

序章 問題の所在―――――――――――――――――――――――――――─―5  
第1節 問題の所在‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥5
第2節 フィールドとしての島根県松江市‥‥‥‥‥‥‥‥‥6

第1章 カンカン部隊―――――――――――――――――――――――――――7
第1節 カンカン部隊‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7
(1)カンカン部隊の発生‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7
(2)松江中央水産物卸市場‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥8
第2節 カンカン部隊のチヨちゃん‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥11
(1)チヨちゃんのライフヒストリー‥‥‥‥‥‥11
(2)チヨちゃんの行商‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥11
第3節 カンカン部隊のヤマヤさん‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥22
(1)ヤマヤさんのライフヒストリー‥‥‥‥‥‥22
(2)ヤマヤさんの行商‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥22
第4節 カンカン部隊のトクさん‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥25
(1)トクさんのライフヒストリー‥‥‥‥‥‥‥25
(2)トクさんの行商‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥25

第2章 ギョウショウニン―――――――――――――――――――――――――29
第1節 ギョウショウニン‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥29
(1)カンカン部隊からギョウショウニンへ‥‥‥29
(2)恵曇漁港と松江中央水産物卸市場‥‥‥‥‥29
第2節 ギョウショウニンの民子さん‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥30
(1)民子さんのライフヒストリー‥‥‥‥‥‥‥30
(2)民子さんのライフヒストリー‥‥‥‥‥‥‥30
第3節 ギョウショウニンのモモちゃん‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥39
(1)カンカン部隊時代のモモちゃん‥‥‥‥‥‥39
(2)ギョウショウニンとしてのモモちゃん‥‥‥39
第4節 ギョウショウニンの渡部さん‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥40
(1)渡部さんのライフヒストリー‥‥‥‥‥‥‥40
(2)渡部さんの行商‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥41

第3章 カンカン部隊とむつみ会――――――――――――――――――――――49
第1節 むつみ会の形成‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥49
第2節 むつみ会の現在‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥50

結語―――――――――――――――――――――――――――─―――――――57
文献一覧―――――――――――――――――――――――――――─―――――58




【本文写真から】


松江中央水産物卸市場に置いてあるリアカー2台。これを使用しているのが現在生き残りのカンカン部隊である。


カンカン部隊の山本チヨエさんことチヨちゃん。車通りの多い道路を曳いて歩いている。


ギョウショウニンの川谷民子さんの行商の様子。


行商の途中、オトクイサンのお宅にお邪魔する民子さん。


むつみ会が作り上げた製品の「いわしのカレーコロッケ」。




【謝辞】 本論文では島根県松江市のカンカン部隊である、山本チヨエさん、山本昭子さん、川上トクさん。また、ギョウショウニンである、川谷民子さん、渡部百枝さん、渡部和夫さん。女性部むつみ会会長の青山幸子さんにはこの論文を書くにあたり、多くのことを教えていただいた。カンカン部隊、ギョウショウニンなどを調査した先行研究も少なかったため、現地調査が大変重要なものとなった。
 ご自身の行商でお忙しいのにも関わらず、1日の行商に密着させていただいたり、お話を聞かせていただいたりと大変お世話になった。ここに心よりお礼申し上げたい。また上記の方々以外にも調査の過程でご教示賜ったすべての方々にお礼を申し上げたい。