関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

文献解題

島村ゼミ3回生によるフォークロア研究文献解題

【解説担当者より】
 論文を選ぶにあたり、儀礼、漁業、祭りといったテーマのものを選んだ。それらの論文を読んで絞った結果、以下の三本に決めた。以下の三本はすべて祭りに関するものである。昔から、祭りが好きであったこともあるが、今回数多く存在する論文の中から祭りをテーマにした論文を選んだことで、自分の最も関心のある分野というのがよくわかった。また、祭りというものをテーマにしていても観点によって全く異なる論文になるということにも様々な見解があるという点において非常に関心をもった。今回感じたことを今後のフォークロア研究に役立てていきたいと考える。(平山佳奈)


■清水純 「神田祭―担ぎ手の動員をめぐる町会と神興同好会の関係―」 『日本民俗学』 271号、2012年。

(1)著者について
清水純。日本大学経済学部教授。文化人類学。研究テーマは、台湾平埔族の漢化、中国福建省漢族の長住娘家の習俗とその現代化、東南アジアの華僑・華人の社会とネットワーク。

(2)対象
神田祭、担ぎ手の動員をめぐる町会と神興同好会の関わり

(3)フィールド
神田神社神田明神)の神田祭

(4)問題設定
神田祭を支える主体となる人々がどのような意識や価値観をもって都市社会の変化を受けとめ、祭りをどのように継承してきたか

(5)方法
現地調査、文献

(6)ストーリー
祭りについて様々な視点で書かれている文献を研究し、本稿では神田祭について考えていく。町神輿を担ぎに来る神輿同好会の「プロ」と呼ばれる人たちの出現。別の町会とのライバル関係や町会と神輿同好会の関係等人と人との関係について述べた後、それらの問題に対する町会の取り組みについて述べられている。

(7)結論
氏子町会と神輿同好会との関係は、血縁や地縁を持たない人々との間に設定された祭縁であるが、神田祭の各町会は、自分たちの地域の祭りを滞りなく進める目的で、この祭縁を神輿同好会との間に取り結び、利用してきた。距離を保った関わり合い、あるいは相互に深入りしない関係は長年の付き合いによってある程度固定化しつつあるが、それは町会の要求する規範を同好会が守る限りにおいて維持されるのである。神輿担ぎを趣味や楽しみと位置づける人々の物理的な力を借りつつ、時には暴走する可能性を持つ外部集団の力をいかに制御していくか、この課題を解決するため、神田祭の氏子町会は最低限の規範を守ることを条件に外部の人々に祭りへの参加資格を与え、協力者を客人として接待する。町会役員たちの意識に共通するものは、町会神輿は自分たちの神聖な財産であり、神田祭は自分たちが主催する地域の祭りであるという強い自覚である。そこに外部からの担ぎ手が入ってきたときに、町会側の運営上の主導権を維持しようとする意志が働いてきたのである。常に外部からの参加者との力のバランスに腐心しながら、町会の主体性を保持することのできる新しい関係性を構築しようと努めてきたのである。

(8)読み替え
神田祭を町の伝統として守らなければならないが、町会だけではそのパフォーマンスを行うことが難しくなってきた。パフォーマンスにおいて、パフォーマンスを行う側と聴衆というものが必要となるが、神田祭においては、聴衆はいるもののパフォーマンスを行う側が減ってきていた。そのため、外部の力を借りて、パフォーマンスの維持に努めているのである。


■清水亨桐「愛知のお鍬祭り―愛知県海部郡甚目寺町上萱津および愛知県海部郡美和町蜂須賀を事例として―」『日本民俗学』 265号、2011年

(1)著者について
清水亨桐。1973年、神奈川県川崎市出身。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻修士課程にて、日本民俗学を専攻。群馬県茨城県等で、祭りや伝統行事等について調査。

(2)対象
お鍬祭り、地域住民

(3)フィールド
愛知県海部郡甚目寺町上萱津、愛知県海部郡美和町

(4)問題設定
六十年に一回開催されるお鍬祭りの地域における意味

(5)方法
文献、事例

(6)ストーリー
「お鍬祭り」は、六十年に一回ということもあり、地域の住民にとって、一生に一度しか経験できない「一生に一度の祭り」として、大変に貴重な行事とされ、地域に残る伝統を今後も伝えていきたいという、地域の意向も反映されている。また、地域における世代間交流の場ともなっている。愛知県海部郡甚目寺町上萱津の「お鍬祭り」と愛知県海部郡美和町蜂須賀の「お鍬祭り」を記録と最近のお祭りをもとに祭りの様子等を研究していく。

(7)結論
上萱津および蜂須賀の両地域において、稚児から、大人、老人まで、村の人が総出で、祭礼やそのあとの巡行の行列に参加しており、「お鍬祭り」が世代間交流の場となっていることがわかる。また、演芸や地元の中学校の吹奏楽部の演奏や地元の人々の普段の活動の発表の場となって、「お鍬祭り」の場が活用されていることがわかる。

(8)読み替え
文化や伝統等を共有するグループの関係が希薄化してきている中で、そのグループの関係を強固なものにするためにも祭りというもののもつ意味というものは大きいといえる。この「お鍬祭り」は六十年に一度グループ内の人々の関係を見直すという意味においても重要であるといえるのではないだろうか。


金賢貞「都市祭礼におけるヨソモノの存在とその意義―茨城県石岡市常陸国總社宮大祭を事例に―」 『日本民俗学』246号、2006年

(1)著者について
金賢貞。東北大学東北アジア研究センター研究支援部門助教。主な研究テーマは、現代日韓社会におけるコミュニティ・ガバナンス、現代祝祭文化、日韓文化政策の比較研究、災害とコミュニティ等。

(2)対象
常陸国總社宮大祭、ヨソモノ

(3)フィールド
茨城県石岡市常陸国總社宮大祭

(4)問題設定
ヨソモノは祭礼を変え得るか

(5)方法
文献、

(6)ストーリー
初めに、茨城県石岡市常陸国總社宮、常陸国總社宮大祭の起源、明治中期以降の「常陸国總社宮大祭」、「石岡のおまつり」の誕生、現在の「常陸国總社宮大祭」についての説明。その後、常陸国總社宮大祭におけるヨソモノの存在について囃子連、行政、非年番町=新町内、總社宮明神曾、観衆=見物人といった観点から考え、結びへとつなげていく。

(7)結論
一般的に「地元」と「ヨソモノ」という対立図式は排除のベクトルを生み出し、否定的・消極的な意味合いで捉えられがちである。従来の都市祭礼研究においては、地元としての「神社の氏子集団=伝統的な祭礼組織」に対し、ヨソモノたる存在が指摘され、その緊張・対立関係については言及されてきたものの、その存在にフォーカスを合わせ、それが祭礼にもたらす肯定的・積極的な意味合いを様々なレベルにおいて検討したものは少ない。本稿では、事例を通して指摘し得る都市祭礼におけるヨソモノの存在を、伝統的な祭礼組織との関係の中で把握し、その質的相違点を見出した。そして、「地元」と「ヨソモノ」という図式の生み出す不可避的な対立の関係性は片方を排除しようとする普遍的否定性を伴う。しかし、その図式は否定性のみならず、その運動論的な性格から新たなベクトルを生み出す肯定性をも含むのである。

(8)読み替え
伝統や儀礼等様々な結びつきをもつグループは他のグループの介入に排他的である。今回の常陸国總社宮大祭の事例においても同様である。強い結びつきをもつ「地元」の人々とそれ以外の「ヨソモノ」の間には関係性が存在しない。そのため「地元」というグループに属する人々にとっては、「ヨソモノ」は排除すべき存在とみなされるのである。ここからグループというものの重要性が読み取れる。