ヤブの民俗誌―広島県呉市における祭礼の先導者をめぐって―
小谷 悠
【要旨】
本研究は、広島県呉市の「ヤブ」という鬼文化について、高尾神社、恵美須神社、平原神社、鯛之宮神社、貴船神社、吉浦八幡神社をフィールドに実地調査を行うことで、ヤブの多様性と由来譚が創造されていく過程について明らかにしたものである。本研究で明らかになった点は、つぎのとおりである。
1.広島県呉市では、30か所以上もの神社でヤブという独特な鬼文化が継承されている。ヤブは、9月23日から11月3日に行われる各神社の例大祭にて現れる。基本的に、西は海山トンネル、東は霞山トンネルまでがヤブ文化圏である。ヤブは、行列の先導や神の警護、露払いなどの役割を担っている。起源や由来については、明らかにされておらず、文献も残されていない。
2.ヤブは基本的に、竿と呼ばれる竹の棒を持ち、背中には縄を背負っている。また、ヤブには位があり、1番ヤブ、2番ヤブ、3番ヤブ…と呼ばれている。1番ヤブは、行列の先導に立って行列を導き、2番ヤブは行列の後尾に立ち後ろを警戒する。3番以降のヤブは、行列の脇に立つ。
3.呉の祭礼では欠かせない「俵もみ」の際、ヤブは俵みこしや人々の邪気払いを行う。ヤブは俵もみを邪魔しているわけではなく、俵みこしをきれいな状態で奉納できるように、俵みこしの検分を行っている。この俵もみは、例大祭の見どころであり、激しい地域ではヤブと人々とのもみ合いが1時間以上も行われる。
4.ヤブは、各地域それぞれが保存継承しているため、地域によってヤブの衣装や面の作り動きは異なっている。
5.高尾神社のヤブには位がなく、かわりにそれぞれのヤブに名前がついている。「アカ」「アオ」「ガッソー」「ニビキ」と呼ばれるヤブが存在する。また、ヤブの髪の毛が比較的長く、背中には縄ではなく、紅白のたすきを背負う。
6.恵美須神社のヤブは、しめ縄が大きく太い。役30キロのしめ縄を背負っている。また、集めた祝儀を頭や面に挿している。
7.平原神社には、鹿田迫奉賛会、畑祭礼委員会、その他自治会から多数のヤブが登場する。鹿田迫奉賛会のヤブは、竿の先端が青、畑祭礼委員会の竿の先端はえんじ色である。
8.鯛之宮神社のヤブの面は、古くから受け継がれている。ヤブの衣装には黄色が取り入れられていることが多いが、鯛之宮神社ではクリーム色の布を使用している。また、ヤブと獅子による「ヤブ踊り」が行われる。ヤブと獅子の力比べであり、どちらが露払いをするのかをヤブ踊りによって決める。
9.龍王神社のヤブは、黄色と黒色の縞模様で、しめ縄は比較的に細いものを背負っている。ほぼすべてのヤブの面に、名前がついており、これらの名前は面の所有者に由来している。1番ヤブは田島、2番ヤブは、澤原、3番ヤブは勝田と名付けられている。
10.吉浦神社のヤブ文化は、比較的新しく自由である。例大祭3日目には、鬼巡り保存会による「鬼廻り」が行われ、商店街やその周辺を、ヤブやばくろうが走り回り、子どもたちを追いかけまわす。鬼廻りは多くのヤブが登場してこそ盛り上がるため、吉浦では次々とヤブの面が彫られている。
11.2010年頃、鯛之宮保存会は、ヤブの起源や由来についてまとめた資料を作成した。韓国鎮海市が親善訪問のため来呉したことが、資料作成のきっかけとなった。このような公式の場で、関係者それぞれがヤブについてしっかりと説明することができるように、5年ほどかけて資料が作成された。
12.2015年、ヤブを呉市の文化財にしようと、広島県が事業に乗り出した。それを北海道大学が受注し、呉市協賛のもと、「ヤブツアー」が行われた。ヤブが文化財として整備されていくことで、例大祭の雰囲気自体が変化することはない。しかし、今後は文化財として見物人が増えることが予想される。そのため今まではおおよその時間で祭事が行われていたが、今後は正確な時間で行わなければならないと、例大祭関係者の意識は変化した。
13.文化財として整備されていくヤブだが、最大の問題点は後継者不足である。少子高齢化により、ヤブを受け継ぐ人々が減少している。各地域は、子ヤブを取り入れて子どものころからヤブに親しんでもらうなどして、後継者の育成に力を入れている。
【目次】
序章――――――――――――――――――2
第1節 問題の所在-----------------------------4
第2節 呉とヤブ--------------------------------4
第1章 ヤブの多様性――――――――――9
第1節 高尾神社--------------------------------10
第2節 恵美須神社-----------------------------15
第3節 平原神社--------------------------------19
第4節 鯛之宮神社-----------------------------24
第5節 貴船神社--------------------------------30
第2章 吉浦のヤブ―――――――――――36
第1節 吉浦地区--------------------------------37
第2節 吉浦のヤブ-----------------------------37
第3章 文化財としてのヤブ―――――――48
第1節 由来譚の創造--------------------------49
第2節 文化財としてのヤブ-----------------51
第3節 ヤブツアー-----------------------------52
第4節 「ヤブ女」-----------------------------53
結び――――――――――――――――――57
謝辞――――――――――――――――――60
参考文献――――――――――――――――61
【本文写真から】
写真1 平原神社鹿田迫奉賛会のヤブたち
写真2 鯛之宮神社の1番ヤブの面
写真3 高尾神社の俵もみの様子
写真4 ヤブが身につけているもの
写真5 吉浦地区の鬼まわりの様子
【謝辞】
本論文の執筆にあたって、多くの方々のご協力をいただいた。
お忙しいなか、お話を聞かせてくださった吉永邦雄氏、中田保宏氏、久米ゆき氏、S・H氏、大森栄作氏、尾茂田孝信氏、そのほか調査にご協力いただいた呉市の皆さん。
これらの方々のご協力なしには、本論文は完成にいたらなかった。今回の調査にご協力いただいたすべての方々に、心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。