関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

富山の獅子舞―山王系神社を事例として―

社会学部 金原 泰

はじめに
第1章 富山山王(富山市日枝神社)の獅子舞

第1節 来歴

第2節 期間・空間的範囲・演者

 1.獅子舞の特徴

 2.山王まつり

第2章 浦田山王社(富山県立山町山王神社)の獅子舞「獅子練り」

第1節 来歴

第2節 期間・空間的範囲・演者

第3章 水橋山王社(富山市水橋日枝神社)の獅子舞

第1節 来歴

第2節 期間・空間的範囲・演者

結び

謝辞

参考文献


はじめに

本論文は、社会調査実習として行われた富山巡検の調査報告書となる。本論文では、富山に100以上存在しているといわれている「獅子舞」について、その中でも「山王系神社」を母体に行われているものに焦点を当てて述べる。
山王系神社とは、大山昨神を祀る神社の総称としている。本論文では滋賀日吉大社から勧請された富山市内の2つの日枝神社「富山山王」と「水橋山王」、伊勢神道の源流を汲む富山県立山町の「浦田山王社」の3つの神社の獅子舞を調査対象としている。

第1章富山山王(富山市日枝神社)の獅子舞
  話者:平尾旨明さん

第1節 富山山王の来歴

まず初めに、富山県富山市山王町に位置する日枝神社の獅子舞にについて述べる。この日枝神社富山県民に「富山山王さん」と呼ばれて親しまれている。6月富山山王にて行われる「山王まつり」とともに富山県民には有名な神社として扱われている。

第2節 期間・空間的範囲・演者

獅子舞が行われる期間は5月31日から6月2日となる。6月1日と2日は山王まつりが開催される。後に詳しく述べるが、富山山王の獅子舞と山王まつりは深い関係性が存在している。


【写真① 日枝神社境内】

 富山山王の獅子舞が行われる空間的範囲は、今回取り上げる3つの獅子舞の中で最大とされる、氏子圏約50ヵ町に及ぶ。かつては最大4500世帯もの範囲を有していたとされる。今も範囲が大きすぎるため、獅子が練り歩きくるのに2日かける。
演者は計4人存在している。頭役に1人、胴体に2人、尾に1人だが、交代要員として20人ほどが待機している。先ほど述べた範囲の広大さと獅子頭の重さから、疲労が蓄積されるため交代要員が多く配備されているのだ。さらに「裁許」という獅子が練り歩く際に厄を払ってもらう希望を出した店や家に先導、案内をする役職が2.3人存在している。

 また演者は氏子とは限らないとされる。現在では獅子舞サークルや有志の参加を募っている。「村々で行われる獅子舞は青年団主導で成り立っているところもあるが獅子舞の範囲の大きい日枝神社、白水神社、愛宕神社鹿島神社の獅子舞は、有志を募るところが多い」と話されていた。かつては曳山も存在していたが、戦災で焼失されている。

1.獅子舞の特徴

獅子は街を練り歩きながら、裁許の先導によって厄払いの希望を出された店等に向かう。その時の目印として、希望をした店は赤い札を店先に張り付ける。裁許はそれに注目しながら獅子を誘導する。かつては獅子頭が普通とされるものより30センチほど大きく、さらに木製で重たいものを使用していたが、現在は骨組みに紙を張り付けた張子の物を使用している。フエや太鼓による音頭は存在するが、掛け声に特徴づいたものはない。これらは特に後述の浦田山王の獅子舞との違いが顕著だ。



【写真② 裁許に伴われて店内に入る獅子】


獅子を舞うことによって祈願をするわけではなく、獅子が通り過ぎた後ろに神輿が続くことで、神様が氏子圏内に降り立ったこととされている。つまり、獅子自体が、露払いの役目を果たしているといえる。平尾さんは「大義的に厄を払ってもらうことで健康祈願と捉えている人もいる」とおっしゃっていた。富山山王の獅子舞の本来の役割は神輿の先導・露払いを行うものだが、健康祈願をするものと考える人も少なくないことから、獅子舞に対する認識の多様性が見て取れる。
 
また、「お呼ばれ」という、氏子圏内の人々が獅子と神輿が巡幸した翌日に親族や友人を招き入れる風習が存在している。5月31日に獅子が氏子圏内の西側を練り歩き、露払いを行う、その翌日に氏子圏内の西側の家庭は親族や友人を6月1日に招き入れる。同様に6月1日には氏子圏東側を獅子が練り歩ききると氏子圏内東側の家庭は6月2日に親族や友人を招き入れるといったものだ。富山山王の獅子舞と山王まつりが関連していることがこの風習からわかる。
「氏子圏に神様が降り立ったとされ、この時期には山王まつりもある。親族らを富山に呼ぶ絶好の機会だ」と平尾さんは仰っていた。次節では山王まつりについて述べたい。

2.山王まつり

上にも述べたとおり、山王まつりは6月1日と2日に富山山王の春季例大祭として行われる祭りとされ、獅子舞を行う母体とされている。かつては見世物小屋やサーカス、相撲なども祭りに出店をしており、富山県民の娯楽だった。田植えの時期と重なっていることもあり、子供たちは山王まつりに連れて行ってもらうことを条件に農作業を手伝わされていた、という家庭も富山県内では少なくないとされている。現在も「お呼ばれ」の風習もあって県外からの参加者も多いため、山王まつりは富山県でも有数のお祭りとされている。

 また6月1日には「朔日饅頭」というものを食べると1年無病息災となるという風習もあるなど、獅子舞の他にも、さまざまな文化が富山山王と山王まつりを中心に存在していることがわかる。
  

第2章浦田山王社(富山県立山町山王神社)の獅子舞「獅子練り」
話者:野澤一成さん

第1節 来歴

 次に富山県立山町無形文化財でもある浦田山王社の獅子舞について述べる。富山地方鉄道富山駅から電車で約20分かけたところに浦田山王社の最寄り駅となる寺田駅がある。1章で述べた富山山王があるような市街地とは正反対といえるような自然あふれる所に浦田山王社が見える。
また、山王社の起源は他の2つの山王社とは異なり、伊勢神道の流れを汲んでおり、浦田山王の獅子舞も富山山王とは大きく異なったものとなっている。


【写真③ 浦田山王社境内】

第2節 期間・空間的範囲・演者

 期間は4月中申の日に近い土日に行われる。空間的範囲は浦田山王社から富山地方鉄道寺田駅となっている。境内の中のみとされていたがかつて参加者が増えたことにより範囲を広げたとされている。演者は、小学校高学年20人が中心となって獅子役を務める。さらに太鼓持ち役に2人、先駆けとして青年団の方が数人、露払い役に2人、さらに「目隠し役」なるものが2人存在している。目隠し役とは中学生ほどの少年2人棒の先に御幣を下げて獅子頭の左右の目を隠し、獅子から出ている眼光で人々が射抜かれないようにする、という役目を務めるものだ。

 獅子舞の特徴としては、長さ7m幅約4mという大きな獅子となっている。胴幕には九曜星紋や御幣紋などが染められている。獅子は大きな動きをすることはなく、ゆっくり歩く。そのためここでの獅子舞は「獅子練り」と呼称されている。そのため範囲は富山山王の5分の1にも満たないと思われるが、1時間ほどの時間をかけてゆっくり練り歩く。「スーヨノハイヨノショイ」と言う、特徴的な掛け声が存在しているが、ほか2つの獅子舞のように、奉納品を紹介する掛け声の一種とされる、「花口上」が存在しないことも特徴だ。

 獅子舞が行われる時に使われる獅子頭とは別に、「親方さん」または「お年寄りさん」と呼ばれる獅子頭が存在している。僧行基が持ってきた3つの獅子頭の1つとされ、立山町有形文化財とされている。他には大阪天王寺、滋賀日吉大社に奉納されている。獅子練りの行為とは別に「オワタマシ」と呼ばれる神事を行う際に使用される。「オワタマシ」の神事とは獅子練りを終えた後、境内内にて行われる儀礼である。村の幼児が、親方さんに頭を噛んでもらうことで頭脳明晰・学業成就を祈願、さらに頭にできものができないように祈念するものとされている。「お渡りまします」という言葉が省略され「オワタマシ」となったとされている。

 また、話を聞かせていただいた野澤一成さんが獅子練りに参加する小学生に毎年、小学生向けにわかりやすく浦田山王や獅子練りを解説した資料を用いて説明を行っている。富山山王の獅子舞とは異なり、氏子圏内での行事であるというよりは、浦田山王に関係するすべての地域を巻き込んだ獅子舞である印象を受けた。(写真③)
 獅子舞自体の役割としても、演者が露払いを演じていることや、獅子頭で頭を噛むことで学業成就等を祈願するという風習が存在することから、獅子舞自体が神様として取り扱われていることがわかる。  

【写真④ 浦田山王獅子舞・小学生向け資料】                     

第3章水橋山王社(富山市水橋日枝神社)の獅子舞
                                                  話者:浅井カズアキさん
                                                    浅井リツコさん
                                                  中田佐久悦さん
第1節 来歴

 最後に富山市内水橋の日枝神社の獅子舞について述べる。水橋日枝神社富山市の北部に位置しており、富山山王同様、滋賀の日吉大社から勧請された神社であるため、天台宗の流れを汲んだものとなっている。

第2節 期間・空間的範囲・演者

 期間は10月第2日曜とされている。獅子舞の行われる範囲としては、水橋西部小学校校区内となっており、経由するポイントとして周囲にある水橋日枝神社、水神社、天満宮、戎さんを経由する。元は水橋山王のある水橋山王町内で行われていたものだが、少子化の影響や、子供らの娯楽の増加により参加者の減少に直撃したために、現在は水橋西部小学校校区内を範囲としている。            
演者は富山山王同様、獅子頭役に1人、胴体に2人、尾に1人の4人編成となる。フエ役、太鼓役に加えて獅子舞と対峙をする役として、タル役、ヤリ役、カタナ役、マサカリ役、キリコ役などが存在している。男子はマサカリ・カタナ役、女子はキリコ・カサ役を演じることとなっている。

【写真⑤ 水橋山王社境内】                             
またさらに水橋山王には「ノッタノッタ」という儀礼があり、その儀礼のためにさらに小学生男女1人ずつと、幼稚園児1人が動員される。上に記載した通り、獅子舞に対峙する役が多く存在しているが、水橋山王では専らタルヒライと呼ばれる、酒呑みを演じる演目を行っている。また富山山王同様、フエや太鼓の音頭は存在しているが、特徴的な掛け声は存在しない。花代(奉納品)を納める際に述べる「花の口上」は存在している。

                        
【写真⑥ 水橋山王社獅子舞参加者】
水橋山王社の獅子舞には「ノッタノッタ」という儀礼が存在している。獅子舞の演目が終わる際に、小学生男女2人と幼稚園児1人が獅子舞に乗せられた状態で鳥居をくぐる。その際に「ノッタノッタ」と掛け声を発することで演目の終了を祝うと同時に、獅子舞に乗せられた子供らの厄を払ったこととなり、それをもって氏子(参加者家族)の子供ら全員の健康を祈願したとする儀礼だ。
水橋山王の獅子舞のルーツは滑川の鹿   島、雪島神社をルーツとしており、さらにさかのぼると高岡にあるとされている。「ノッタノッタ」やマサカリ役等の役職が存在する獅子舞は確かに高岡や氷見の獅子舞と似ている。特に氷見の獅子舞は、天狗や人に模した生き物が獅子舞と対峙し、最終的に獅子舞を討伐する。その演目の終了の際に「ノッタノッタ」を行うのが主流とされている。水橋山王の獅子舞は高岡方面のルーツを汲んでいるといえるだろう。つまり水橋山王の獅子舞は獅子自体を露払いとも、神様とも捉えるのではなく、ある種の「害獣」としてとらえ、討伐をし、その倒した姿を 奉納することで健康を祈願するものとされているといえる。      



【写真⑦・⑧ノッタノッタと獅子と対峙するカサ役】

水橋山王の獅子舞は昭和31年ごろに後継者が断絶し、獅子舞自体がなくなっていたが、獅子舞保存会と呼ばれる有志の方々の協力もあり、平成15ごろから獅子舞を復活した。範囲の拡大や、保存会の発足など、富山山王のような大規模な獅子舞にも引けを取らない獅子舞へのこだわりが感じられる。    

結び
 今回の調査を通じて、獅子舞には大きく分けて3つの役割が存在していることが明らかになった。1つは神様の乗った神輿を通す前に露払いの役割を担う獅子が練り歩く獅子舞、もう1つは人間の露払いを伴いつつ、獅子自体が神格化されている獅子舞、最後は天狗や人を模した生物と対峙し、最終的に討伐されることで、厄を払ったこととする、ある種の「害獣」としての役割を担う獅子舞の、少なくとも3種類の獅子舞が富山県内には存在していることから、富山が多様な獅子舞文化にあふれていることは明らかだ。

【写真⑨ 水橋山王獅子舞に関する記事】
 そして、そういった獅子舞文化を根強く支えているのはそれぞれの地域の方々ということだ。私は調査を進めていく中で3社ごとに、獅子舞を続けていくための対策を講じていることを発見した。1章で述べた富山山王は、獅子頭自体の軽量化や有志の募集などを行い、都市的な構造を利用した獅子舞の存続に勤めている。浦田山王社では、空間的範囲の拡大や近隣小学校との連携が見られた。また、水橋山王に関しても、空間的範囲の拡大、さらには有志である獅子舞保存会との協力など、密接な地域社会を利用した対策がなされている。これらはすべて少子化や娯楽の変化に伴い、それぞれの地域が現在の社会に順応し、獅子舞を継続しているために創り出した解決策であるといえるだろう。富山の各地で生き続ける「獅子舞」に私はこれからも注目していきたい。


謝辞
 最後になりましたが、貴重なお時間を割いていただきお話していただいた、平尾旨明さん、野澤一成さん、浅井カズアキさん、浅井リツコさん、中田佐久悦さん、本当にありがとうございました。突然お伺いしたにも関わらず、獅子舞について詳しくお話ししてくださったおかげで、今回の社会調査実習の報告書をまとめることができました。この経験は、僕の人生で大きな糧になると確信しています。感謝しています。本当にありがとうございました。


参考文献

富山県祭礼研究会(1991)『富山祭礼辞典』桜楓社
  富山県教育委員会(2008)『富山県の年中行事』
富山県教育委員会   『富山の獅子舞』