関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

Ⅰ.1−10月5日

 日本から台湾に到着し、桃園空港から台北市内へ向かうバスの中で見た風景から、高速道路とその両脇に聳え立つ高層ビルなど、建設ラッシュに公共事業の集中投資が伺え、急速な経済発展の最中にある台北の姿が見てとれました。



交通量のより多い道路には信号手前にバイク専用エリアがあり、その後ろに車が並ぶという光景をよく見かけます。


 私達はホテル到着後、地下鉄を利用して龍山寺と呼ばれる寺まで向かいました。台湾の地下鉄は日本のような切符ではなく、コインのようなもので乗り降りをします。

台北中央駅





 龍山寺は現地読みで、ロンシャンスーといいます。1738年に、福建省泉州から渡来した人々により、福建普江安海龍山寺の分霊として創建される、台北市内で最古の寺院です。参拝者は様々な神が祀られた7つの香炉を順に廻りながら、それぞれの神に参拝します。参拝者には8本の線香が渡され、入ってすぐ中央の香炉に一本と様々な神が祀られた各香炉に一本ずつ、計8本の線香をあげていきます。境内で偶然出会った陳添良さんから、参拝方法を教えてもらいながら進んで行きました。陳添良さんは、日本統治時代に教育を受け、日本軍の兵士として南方で従軍した経緯を持つ方です。

 龍山寺は、地震や火災によって何度か損傷し、また日本統治時代には学校として接収された時期もありましたが、その度に再建・修理が行われました。寺の敷地内には統治時代に作られた灯篭がありました。統治時代のものと分かるのは日本の年号で『大正十五年』と 彫られているためです。ただし、『大正』の文字は削られており、かろうじて読み取ることが可能です。龍山寺の本尊は観世音菩薩ですが、道教儒教など様々な宗教が合わさっており、祀られている様々な神様の合計は100以上といいます。



 参拝後、陳さんからおみくじの方法を教わり、皆で行いました。このおみくじが日本とは少し異なっていて、まず2つの耳のような形の木でできた物を使います。この2つを投げて一方が表、一方が裏なら神様からおみくじの 許可が下ります。どちらも表や裏だとやり直しです。3回続けても許可が下りない場合、今日はおみくじをすべきでないと神様が判断し、おみくじをすることは できません。許可をもらった後は日本と同様にくじを引くのですが、引いた番号も神様に判断してもらいます。ここまでの手順をこなしてやっと自分の吉凶を知ることができます。

おみくじ

陳さんと集合写真


 ところで、日本のお寺を見慣れている人々は、龍山寺の外見に驚くはずです。夜になると龍山寺の中にピカピカと光る看板 (「龍山寺」と書いてある)が必ず目に入ります。日本のお寺では静寂、厳粛な雰囲気に保たれているものが多いことから、この装飾には驚きます。また、台湾を数日めぐってわかったことは、この龍山寺だけでなく台湾の寺の多くは電光掲示板が設置されていました。また、電光掲示板以外に金色など光る色を使った装飾も多く見られました。


電光掲示板をバックに台湾留学中の島村ゼミOGとご友人




 台湾といえば夜市!ということで、龍山寺見学後は全員で華西街観光夜市に行きました。ここは、台湾に数ある夜市とは一線を画した、大人な雰囲気が漂うディープ な夜市と言われています。きらびやかなゲートが立ちかまえるなか、道を進んでいくと、道の両側に所狭しに屋台が立ち並びます。


全員が「おいしい!」と手に 取り食べたのは山猪肉串というもの。歯ごたえのあるジューシーなソーセージという感じなのですがが、店主によれば原住民アミ族の料理であるそうです。

この他にも胡椒餅など、台湾ならではの食べ物が売られていました。

アーケード内の常設市場にはこんな店も数軒。


夜市の屋台の形式ですが、テーブル・ワゴンなどのように片づける際に移動するようなものが多く見られました。これが一般的な夜市の屋台の形式だそうです。この他にも、車輪をもつ移動式の屋台も見られましたが、これは場所を変えながら営業するためだそうです。




担当:神原、湯浅、山本