関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

シャッキン(借金)する人びと―台湾澳花村におけるお金のやりとりと互助組織―

シャッキン(借金)する人びと―台湾澳花村におけるお金のやりとりと互助組織―
秦 和也


【要旨】

本研究は、台湾東部の宜蘭縣南澳郷澳花村をフィールドに実地調査を行なうことで、そこに暮らすタイヤル族の現在のお金のやりとりについて解明したものである。本研究で明らかになった点は、つぎのとおりである。


1.日本統治時代以前、タイヤル族は畑作及び狩猟を行ない、それらを物々交換して生活していた。日本統治時代に日本円が部落で出回り始めたことが貨幣経済への第一歩であったが、物々交換も続けられた。終戦にともなう日本人の帰国により、一時は、かつての物々交換のみの生活が甦ったが、その後、中華民国国民政府による政治が行なわれるようになり、元が流通、現在に至る。

2.日本統治時代以前、タイヤル族は、ガガ(gaga)と呼ばれる互助組織を基礎として、生活を営んでいた。一村一ガガの場合が多くを占めたが、一つの村に複数のガガが並存する場合もあった。日本統治時代、日本人が行なった原住民移住政策で、ガガを構成する人々は散らばることもあった。しかし、新しいガガを形成する以外に複数の村に跨ったまま以前のガガを細々と継続した場合もあった。

3.1950(昭和25)年頃、澳花村には長老会、天主会、真耶蘇会安息日会の4つのキリスト教派が浸透した。これは、ガガに代わる互助組織として力を持った。しかし、現在は外界の誘惑も多く、信仰は緩い。また、若者などはいずれにも属さないことも多く、貨幣経済に押され個人主義の色が濃くなってきている。

4.現在においても、人びとの生活の中にガガの名残を見ることができる。かつて、ガガを基礎とする助け合いの生活を送っていたことがある年配者の世代を中心に見られる。

5.澳花村の人びとは、しばしばシャッキンをする。しかし、その頻度には、相手によって、週に2度や2週に1度などの差があることが認められる。彼らは、シャッキンするにあたって、ガガに基づく関係、親しい知り合い程度の関係、それ以外という段階的に違いを設けているのだと思われる。また、階層的にシャッキンの度合いは異なっている。

6.澳花村の人びとは、安定した仕事に就けず、土砂崩れの際の道路整備やトンネル掘りなどの臨時作業員として勤務する者も多く、仕事がない日が数か月続くことも珍しくない。そのような場合には、政府からその内容に応じて現金が支給されているなど、台湾では、原住民に対していくつかの特別な制度がある。


【目次】

序章―――――――――――――――――――――――――――― 3
  第1節 問題の所在・・・・・・・・・・・・・・・・ 3
  第2節 台湾と原住民・・・・・・・・・・・・・・・・ 5
第1章 タイヤル族と澳花村―――――――――――――――――――――――――――― 8
  第1節 タイヤル族とは・・・・・・・・・・・・・・・・ 8
  第2節 澳花村の位置、景観・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
第2章 ガガと貨幣経済―――――――――――――――――――――――――――― 18
  第1節 ガガの消長・・・・・・・・・・・・・・・・ 18  
  (1)澳花村の成り立ちとガガ・・・・・・・・・・・・・・・・ 18
  (2)ガガの衰退と教会の出現・・・・・・・・・・・・・・・・ 22
  (3)教会単位から個人主義へ・・・・・・・・・・・・・・・・ 25
  第2節 ガガの名残と貨幣経済・・・・・・・・・・・・・・・・ 26
第3章 現在の暮らしに見るお金の流れ―――――――――――――――――――――――――――― 29
  第1節 衣食住・・・・・・・・・・・・・・・・ 29
  (1)行商・・・・・・・・・・・・・・・・ 29
  (2)食堂・商店・・・・・・・・・・・・・・・・ 32
  (3)電気・ガス・水道・電話・・・・・・・・・・・・・・・・ 36
  (4)住居・・・・・・・・・・・・・・・・ 39
  第2節 娯楽・・・・・・・・・・・・・・・・ 39
  (1)カラオケ・・・・・・・・・・・・・・・・ 39
  (2)パソコン・テレビ・・・・・・・・・・・・・・・・ 41
  (3)麻雀・宝くじ・・・・・・・・・・・・・・・・ 43
  (4)酒・煙草・檳榔・・・・・・・・・・・・・・・・ 44
  第3節 教育・・・・・・・・・・・・・・・・ 45
  第4節 交通手段・・・・・・・・・・・・・・・・ 48
  第5節 ペット・・・・・・・・・・・・・・・・ 50
  第6節 結婚式と葬式・・・・・・・・・・・・・・・・ 51
  第7節 仕事・・・・・・・・・・・・・・・・ 53
第4章 各家庭に見る収入と支出―――――――――――――――――――――――――――― 55
  第1節 張林保珠宅の事例・・・・・・・・・・・・・・・・ 55
  (1)家族関係・・・・・・・・・・・・・・・・ 55
  (2)ある一日のお金の流れ・・・・・・・・・・・・・・・・ 56
  第2節 陳金壽宅の事例・・・・・・・・・・・・・・・・ 60
  (1)家族関係・・・・・・・・・・・・・・・・ 60
  (2)ある一日のお金の流れ・・・・・・・・・・・・・・・・ 60
  第3節 游幾頁宅の事例・・・・・・・・・・・・・・・・ 62
  (1)家族関係・・・・・・・・・・・・・・・・ 62
  (2)ある一日のお金の流れ・・・・・・・・・・・・・・・・ 63
結語―――――――――――――――――――――――――――― 66
文献一覧―――――――――――――――――――――――――――― 68
あとがき―――――――――――――――――――――――――――― 69
 
【本文写真から】


おおよそ週1回、広場で開かれる屋台


衣服を売る行商


値段が書かれていない食堂のメニュー


コイン投入式のデスクトップ型パソコン




















【謝辞】

今回の論文を執筆するにあたり、澳花村の方々には大変お世話になった。村内および近隣には、宿泊施設がないため、調査の度に村の方々に宿泊先や食事を提供していただいた。また、過去の資料の提供や博物館への案内などにも快く応じてくださった。張林保珠氏、陳金壽、平富美夫妻、游家の皆様、林振坤、游敏惠夫妻、哈勇諾幹氏をはじめ、現地調査においてご協力を賜ったすべて方に心より御礼申し上げます。