関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

日向山中における 清酒と焼酎 ―宮崎県東臼杵郡諸塚村の事例―

日向山中における 清酒と焼酎 ―宮崎県東臼杵郡諸塚村の事例―
川島 康太朗


【要旨】
本研究は、宮崎県東臼杵郡諸塚村をフィールドに実地調査を行うことで、日向山中(諸塚村)で戦前の時代から、どの様な酒が消費されてきたかという流行の過程とその理由を明らかにしたものである。本研究で明らかになった点は、つぎのとおりである。

1.戦前の時代、諸塚村内での普段の生活で消費されていた酒は家格によって異なり、家格が低い家では自家製の焼酎やどぶろくが製造・消費されていた。家格が高い家では、村内で製造されていた焼酎や清酒の他、より味が良かったという村外の球磨地方の焼酎を購入し消費していた。

2.戦中・戦後の時代には酒は配給制となったが、出回る量が少なかったため、村内で闇焼酎が流行する。戦後、税務署と村内の酒蔵の主導で闇焼酎は取り締まられ、収束し当時同程度の値段であった、清酒と焼酎が消費されるようになる。

3.昭和33年から諸塚発電所の建設が着工した事で、労働者が多数村内に流入し、労働者の酒であった甲類焼酎の消費が拡大する。これが諸塚村での第一次焼酎ブームである。その甲類焼酎の中でも流通の強かった「寶星」と「三楽」が村内で酒といえばこの2つという認識に至るまで流行した。第一次焼酎ブームと、昭和36年の諸塚発電所の完成による人口の激減で、村で唯一あった清酒蔵が倒産し酒屋に姿を変える。この事で村内で清酒を飲む人が激減する。

4.昭和40年代の終わりごろには諸塚村での経済状況も安定し、労働者の酒であった甲類焼酎は下火になっていく。当時広告がうまく、味・健康に良いとされていた「いいちこ」「雲海」「二階堂」などの乙類焼酎が村に入ってくるようになる。これが第二次焼酎ブームである。この時甲類、乙類の割合は好みで個人差はあったものの、乙類が若者、甲類が年配を中心に消費されており、量としては半々ぐらいであった。

5.平成10年過ぎあたりから、甲類焼酎を消費していた世代の高齢化が進み、甲類焼酎の消費量が減り村内で消費される酒の多くが乙類焼酎へと変わる。その銘柄は「霧島」で中でも「白霧島」が好んで消費される。これが第3次焼酎ブームである。

6.祝事と祭事、それぞれでの宴会で飲まれる酒が異なり、祝事ではその移り変わりにそれぞれの家の家格が関係している。一方祭事での飲まれる酒の移り変わりは、村内の酒の流行が反映されているのである。


【目次】
序章―――――――――――――――――――――――――――─―――――1
 第1節 問題の所在‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4
 第2節 諸塚村とは‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7
  (1)村の歴史‥‥‥‥‥‥‥‥7
  (2)村の文化‥‥‥‥‥‥‥‥11
  (3)村の酒蔵‥‥‥‥‥‥‥‥13
第1章 清酒と焼酎の時代―――――――――――――――――――――――15
 第1節 戦前の酒蔵‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥15
 第2節 家庭で消費されていた酒‥‥‥‥‥17
第2章 闇焼酎の時代―――――――――――――――――――――――――20
 第1節 村内で飲まれていた闇焼酎‥‥‥‥20
 第2節 闇焼酎以後‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥28
第3章 寶星と三楽の時代―――――――――――――――――――――――30
 第1節 第1次焼酎ブーム‥‥‥‥‥‥‥‥30
 第2節 村から清酒蔵が消える時‥‥‥‥‥34
第4章 乙類焼酎の流行――――――――――――――――――――――――37 
 第1節 第2次焼酎ブーム‥‥‥‥‥‥‥‥37
 第2節 第3次焼酎ブーム‥‥‥‥‥‥‥‥39
第5章 祝事・祭事での酒―――――――――――――――――――――――43
 第1節 祝事と酒‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥43
 第2節 祭事と酒‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥47
結語―――――――――――――――――――――――――――─―――――50
文献一覧―――――――――――――――――――――――――――─―――52
あとがき―――――――――――――――――――――――――――─―――53

【本文写真から】

諸塚村中心地



闇焼酎製造時に使用されていた蒸留機



発電所建設時の風景



村内の酒屋の陳列棚


【謝辞】
本研究は諸塚村の方々の多大なる協力のおかげで完成に至った。1度目の調査の際、家に宿泊させていただき、宴会や役場に紹介してくださった観光協会田邉薫氏。長時間の聞き取りに協力してくださった、川崎醸造場、川崎一志氏、川崎聡氏 藤本本店、藤本一喜氏、菊池酒店の方々。また、宴会に招いていただき多くの話をしてくださった、諸塚役場の方々、黒葛原集落の方々、家代集落の方々。調査への協力だけでなく村の外からやってきた私に対して密に接していただき、心より感謝を申し上げる。