関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

「粗供養」の民俗誌―八尾市・東大阪市の事例から―

「粗供養」の民俗誌―八尾市・東大阪市の事例から―
冨田 歩


【要旨】

本研究は、「粗供養」について八尾市・東大阪市をフィールドに実地調査を行うことで、「粗供養」の構造、「粗供養」の分布、「粗供養」をめぐる人々の意識を明らかにしたものである。本研究で明らかになった点は、次のとおりである。

1.八尾市・東大阪市のある地域(旧村落)においては、葬儀・満中陰・年忌法要の後に遺族が町会(自治会)に金銭を寄付する習慣があり、これは「粗供養」と呼ばれている。「粗供養」が行なわれると、地域へのお知らせとして、寄付額・寄付をした遺族の氏名・死者の氏名・寄付を受け取った日付・寄付を受け取った団体名を表記した貼り紙が地区内の掲示板に貼り出される。

2.「粗供養」は、もともとは「供養」の語を遺族の側が謙遜して「粗供養」と表現したものと考えられるが、現在では、「粗供養」の語がこの習慣の一般的な名称となり、寄付を受ける側によっても用いられるようになっている場合が少なくないようである。

3.「粗供養」を知らせる貼り紙には、「〇〇氏(遺族)より、〇〇氏(死者)の供養としてご寄付頂きました」と書かれており、これを字義どおりに解釈することによって、「遺族が死者の供養のために町会などへ寄付する」=「遺族が町会などへ寄付することが死者の供養になる」という構造を抽出することが可能である。この構造は、遺族が死者の代わりに世の中に対して善事を行なうことで死者が供養されるという「追善供養」の構造と一致している。

4.「粗供養」を行うのは家々の自由で、決して強制をされてはいないが、昔からのしきたりとして今現在も続いている。

5.現在、遺族の心情には、「粗供養」は地域へのお礼やお世話になっている団体への感謝の気持ちとしての寄付という意味合いも込められている。

6.さらにいえば、「粗供養」としての寄付を行なう人びとにとって「供養の意識」はほとんど無く、遺族と地域のつながりの意識が前面に押し出されているという現状もみとめられる。そこでは、「供養」は、言葉だけが残り、本来あったと想定される「供養の意識」は空洞化してしまっているという状況も存在しているといえる。


【目次】

序章―――――――――――――――――――――――――――――1
 第1節 問題の所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
  (1)「粗供養」とは何か
 第2節 葬儀と「粗供養」・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
  (1)葬儀にみる互助
  (2)葬儀の変化
  (3)「粗供養」と会葬礼品
 第3節「粗供養」の構造・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
  (1)供養とは
  (2)追善供養とは
  (3)先祖供養の儀礼構造
  (4)「粗供養」の構造
  (5)「粗供養」と香典返し
  (6)施し
第1章 「粗供養」の事例――――――――――――――――――13
 第1節 八尾市の事例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14
 第2節 東大阪市の事例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・61
 第3節 その他の事例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・80
第2章 「粗供養」をめぐる意識―――――――――――――――95
 第1節 「粗供養」の金額・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・96
  (1)「粗供養」と香典
  (2)香典辞退
  (3)「粗供養」の使い道
  (4)掲示の意味
 第2節 「粗供養」と地域のつながり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・100
  (1)「粗供養」の寄付先
  (2)しきたり
 第3節 「粗供養」をめぐる意識・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・102
結語――――――――――――――――――――――――――――105
参考文献・URL一覧――――――――――――――――――――108
あとがき――――――――――――――――――――――――――110
謝辞――――――――――――――――――――――――――――110

【本文写真から】


写真1 八尾市恩智地区の掲示



写真2 八尾市柏村地区の貼り紙



写真3 八尾市八尾木地区の掲示



写真4 東大阪市池島地区の掲示



写真5 東大阪市池島地区の貼り紙



【謝辞】

調査の実施にあたり貴重な時間を割いて協力してくださった、有限会社近畿式典の木下昌宏氏、善立寺住職の梅園昭城氏、恩智神社宮司の新見氏、泉證寺の藤澤隆章氏、池島校区連合会長の山下修氏、梶無神社の川上ご夫妻、連合女性会会長の杉原美和子氏に深く感謝致します。

 その他八尾市民の方々や東大阪市民の方々など、多くの方々にインタビューやお話を伺わせて頂きました。これらを快く引き受けて頂き、協力していただいた皆様へ心から感謝の気持ちと御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。