関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

マチと飴―松山市における飴行商をめぐる民俗誌―

マチと飴―松山市における飴行商をめぐる民俗誌―

宮下 毬菜


【要旨】

 本研究は現在は衰退の傾向にある飴行商について、愛媛県松山市をフィールドに実地調査を行なうことにより、その実態と松山のマチに及ぼした影響を明らかにしたものである。本研究で明らかになった点は、次のとおりである。

1.東アジアの照葉樹林文化のなかで発達した発酵食品の技術により誕生した飴は、中国から日本へと伝来した。そして、身体によい薬として服用されていた地黄を水飴に加えた「地黄煎」が広まり、それはのちに「ぎょうせん」と呼ばれるようになる。室町時代には、天皇に仕えた供御人が地黄煎売りとして商いを行なうようになり、江戸時代になると全国各地で飴を売り歩く行商の姿が見られた。

2.松山市では飴に限らず、睦月島では反物行商、松前町では「おたたさん」と呼ばれる生魚行商もさかんに行なわれていた。しかし、流通網の発達による大型店や商店の隆盛が進み、行商という販売形態は衰退していった。

3.松山市において生涯現役でぎょうせん飴の行商をした竹田雪枝さんは、1年を通して休むことなく行商を行なった。その懸命な姿にマチの人びとは心を打たれ、いつしか「夏の風物詩」と呼ばれるようになった。

4.雪枝さんの引退以降、息子の良一さんが飴行商を引き継いだ。雪枝さんは2011年5月にこの世を去ってしまったが、良一さんは現在も雪枝さんの声が録音されたCDをスピーカーで流しながら、軽トラックを使って飴行商を行なっている。また、良一さんの行商は松山市全域にわたり、そのルートはおおよそ1か月で1周する。

5.飴行商の存在は松山のマチにぎょうせん飴を浸透させ、飴の生産と消費が日常的に行なわれた。過去にぎょうせん飴を製造していた「八塚飴店」は、飴工場としての機能を失った今でも注文が存続しているため、現在では他県の工場から飴を取り寄せる卸問屋としての役割を担っている。また、松山市内の「まるみ食堂」の看板メニューがたれにぎょうせん飴を使ったえび天丼であったり、各家庭でも料理の味付けにぎょうせん飴を使っていたりしていることから、ぎょうせん飴、さらにいうと松山市で唯一の飴行商である竹田さんの存在は、マチの味を創り上げるのに重要な要素となっている。


【目次】

序章――――――――――――――――――――――――――――――――――――1
 第1節 問題の所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
 第2節 飴と飴行商の歴史・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
  (1)飴の歴史
  (2)ぎょうせん飴
  (3)飴行商
 第3節 松山市と行商・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
  (1)睦月の反物行商
  (2)松前のおたたさん
第1章 飴の行商―――――――――――――――――――――――――――――15
 第1節 竹田雪枝さんのライフヒストリー・・・・・・・・・・・・・・・・・16
 第2節 行商の実態・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18
 第3節 竹田良一さんの行商・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25
第2章 飴の生産と消費――――――――――――――――――――――――――37
 第1節 飴をつくる人々・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38
 第2節 飴を買う人々・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40
 第3節 飴を使う店・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・44
結語―――――――――――――――――――――――――――――――――――53
参考文献・URL一覧―――――――――――――――――――――――――――55
謝辞―――――――――――――――――――――――――――――――――――58


【本文写真から】


写真1 竹田雪枝さん(『松山百点』171号(佐藤靖雄編、1993年)から転載。)


写真2 雪枝さんの行商の様子(『松山百点』171号(佐藤靖雄編、1993年)から転載。)


写真3 雪枝さんが行商に使っていたリアカー


写真4 良一さんが行商に使っている軽トラックに取り付けられたスピーカー


写真5 良一さんが現在販売しているぎょうせん飴


写真6 八塚飴店


写真7 まるみ食堂


写真8 まるみ食堂のえび天丼。「隠し味に『ぎょうせん飴』使用」とある。


【謝辞】

 調査の実施にあたり貴重な時間を割いて協力してくださった、竹田良一さん、竹田照子さん、竹田尚生さん、まるみ食堂の間島昭一さん、八塚飴店の方々、愛媛県庁の木村さんをはじめとした職員の方々、松山市庁舎の職員の方々に深く感謝致します。その他多くの松山市民の方々にお話を伺わせていただきました。協力していただいた皆様へ心から感謝の気持ちと御礼を申し上げます。