関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

豊中の特飲街―占領期伊丹ベース―

豊中特飲街―占領期伊丹ベース―
坂口晴香


【要旨】
 本研究は、戦後、米軍基地として利用されていたイタミ・エアベース(現在の大阪国際空港)が存在する豊中市の中でも、特に米軍を顧客とした売春が蔓延した蛍池と、米軍の将校が住んでいた刀根山について、フィールドワークと資料をもとに当時の様子を調査したものである。
 
 本研究で明らかになった点は以下の通りである。

 1.戦後の売春は政府からの通達で公認されたものであったが、市政年鑑によると、蛍池では認可を受けている売春業者のほうが無認可のものよりも少なかった。
 2.蛍池は政策として作られた売春街としての赤線地区ではなかった。
 3.子供の住む一般家庭でさえ売春婦に間貸しをしていたが、その家の子供は売春婦から菓子を得やすくなるため、周囲からは嫌われるのではなく、羨ましがられた。
 4.置屋(間貸しをしている家庭)の人間は差別を受けなかったが、米兵と売春婦の混血児は差別を受けた。
 5.朝鮮戦争の休戦を受け、顧客である米兵が去った蛍池では、繁華街の火災が相次いだ。儲からなくなったバーなどに火災保険をかけてから火をつけたためだという。


【目次】

序章 基地と特飲街―――――――――――――――――――――――――――――――1
第1章 豊中市特飲街―――――――――――――――――――――――――――――5

   第1節 テキサス大通り.....................5
   第2節 刀根山ハウス.......................8

第2章 特飲街をめぐる人々―――――――――――――――――――――――――――11

   第1節 米軍兵.........................11
   第2節 パンパンと置屋.....................12
   第3節 子供たち........................17
   第4節 その他、豊中を取り巻く人々...............22
第3章 米軍撤退後の豊中市―――――――――――――――――――――――――――25
   第1節 イタミ・エアベース返還へ ...............25
   第2節 ゴーストタウンと化したテキサス通り ..........27
   第3節 パンパンの行方.....................27

まとめ――――――――――――――――――――――――――――――――――――29 

写真・図・地図――――――――――――――――――――――――――――――――30      

文献一覧―――――――――――――――――――――――――――――――――――42  

あとがき―――――――――――――――――――――――――――――――――――44 


【本文写真から】

写真1 当時、国道176線にあった伊丹基地のゲート
伊丹市立博物館 (2009) 『解説資料第57号 大阪国際空港開港70周年記念―空港と歩
んだ70年―』 伊丹市立博物館。


写真2 かつてゲートがあった場所。現在は歩道橋がかかっている。



写真3 当時の空港線には「テキサス大通り」と呼ばれる繁華街があった。
伊丹市立博物館 (2009) 『解説資料第57号 大阪国際空港開港70周年記念―空港と歩
んだ70年―』 伊丹市立博物館。



写真4 大阪大学刀根山寮。かつては刀根山ハウスの一部だった。


【謝辞】

この論文を執筆するにあたって、多くの方にご協力をいただいた。聞き取り調査でお世話になった南壽孝さん、福島節子さん、阿部光代さん、櫻本佐和子さん、岸上祐子さん、古川克己さん、ホームページより写真の借用を認めてくださった荒西完治さん、当時の写真を提供してくださったJames Millerさん、調査の過程でご教示を賜ったすべての方に心よりお礼を申し上げたい。ありがとうございました。