関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

佐渡島の稲作発祥伝説−土佐三助と加賀お菊−

佐渡島の稲作発祥伝説−土佐三助と加賀お菊−

森 圭吾

【要旨】

 本研究は新潟県佐渡島に伝わる「三助とお菊」の稲作発祥伝説について、佐渡島の松ヶ崎、丸山・多田地区をフィールドに実地調査を行うことで、伝説と宗教との関わりや、意に沿わない形で伝説が「観光化」されて町おこしが進められることと、伝説の継承の狭間で揺れ動く人々の想いに迫り、それを明らかにしたものである。
本研究で明らかになったことは以下の通りである。


1.地区の有力者たちは町おこしの主催者に対して疑いの目を向けており、非現実的な計画だと思っているが、深刻な過疎化や嫁不足を解消するきっかけになればとの思いから、淡い期待を抱いている。

2.実際には、町おこしは主催するNPOの「小遣い稼ぎ」に利用されたに過ぎず、中身のない計画は放置されて何も進んでいない。人々に少なからず期待を抱かせた町おこしは幻想であった。

3.伝説の名称が「三助とお菊」から、「お菊と三助」に変えられようとしていることは、女性を強調して縁結びに繋げようという町おこし主催者側の意図 によるものだが、このことは古来より伝承されてきた伝説を曲げることとなり、地区に暮らす人のアイデンティティーを否定することにつながり、主催者側と地元の人々の大きな対立の原因になっている。

4.伝説が利用されるのは今回が初めてではなく、はるか昔から宗教(平泉寺)のために利用されてきた。伝説は土着の信仰(男神山と女神山)や宗教(平泉寺)、時代時代の歴史や価値観を反映させながらこれまでも変化してきた。

5.町おこしに補助金を出した行政や、期待をかけた地元の人々は、過疎化や嫁不足といった問題がこのような非現実的な町おこしで解決するものではないと思うものの、どこかそれにすがり付きたいという思いがある。事態はそれほど深刻なものであった。


【目次】

序章―――――――――――――――――― 1                
はじめに ..............1
第1章伝説を今に伝える人々――――――― 3


第1節 伝説を伝える土地........3
(1)多田・丸山集落 3
(2)松ヶ崎集落   4
第2節 平泉寺‐伝説を守る人々‐ 5


第2章 土佐三助と加賀お菊―――――――― 13


第1節 三助とお菊の伝説.........13
(1)伝説の概要 13
(2)土佐三助と加賀お菊 14
(3)平泉寺と三助・お菊の伝説 17
第2節 男神山祭り............21
(1)男神山と女神山 21
(2)男神山祭りの今昔 21
(3)平泉寺と男神山祭り 24


第3章 お菊と三助‐伝説と町おこしの間で‐――― 47


第1節 お菊三助プロジェクト...........47
第2節 「三助とお菊」から「お菊と三助」へ....51
(1)伝説に対する認識の相違 51
(2)変わりゆく伝説 53
まとめ――――――――――――――――――――― 57
あとがき―――――――――――――――――――― 59
最後に――――――――――――――――――――― 63
文献一覧―――――――――――――――――――― 65


【本文写真から】

写真1 男神山(右)と女神山(左) 男神山には三助が、女神山にはお菊が祀られている。


写真2 女神山山頂の祠 祭りに際して、町おこしの視察に訪れるNPO関係者(写真左)。


写真3 祠から見つかった寛永通宝 かつては宗教に、現在は町おこしに伝説は利用される。


写真4 男神山祭りにて 若者の姿は少ない。過疎化、嫁不足が伝説の継承を危うくしている。


【謝辞】

 今回、佐渡島の中浜浄純さん、ミス子さんをはじめとした平泉寺の方には、実の孫のようにかわいがって頂いたうえに、地区の伝説を卒業論文に取り上げさせてもらった。さらに祭りの準備や田植え、柿の収穫・出荷作業をはじめとした、都会の生活では体験できない一生の思い出をさせて頂くことができ、心から感謝の気持ちでいっぱいである。
 さらに今回の佐渡との出会いのきっかけを作って下さった観光協会の平原さん、また佐渡・東京で様々なお話をして頂いた山口監督、トキを見に連れて行って下さった丸庄さん、フェリー乗り場まで送迎してもらった入野さん、佐渡の農作業でお世話になった谷内さん、坂口さんを始めとした地元の方々にもこの場を借りて御礼を申し上げる。