関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

城下町の空間と伝説―兵庫県明石市の事例ー


社会学部 森田麻中

 

【要旨】

 本研究は、城下町である兵庫県明石市をフィールドに実地調査を行うことで、城下町の特性を空間と伝説という二つの観点から明らかにしたものである。本研究で明らかになった点は次の通りである。
1.明石の城下町には、現在も多くの伝説が残っている。その伝説というものはそもそも、どこにでも発生するものではなく、場所と密接な関係がある。空間論的にいえば、妖怪出現の限定された場所には、それなりの必然性がある。たとえば、この世とあの世が交錯していて、その境界に位置する空間には、かならずや妖怪変化の働きかけがあると想像されている。そういう場所を認識できる感性の持主が、どの時代にも少しずつ存在していて、それに伴う不思議な民間伝承を堆積してきたことを考えるならば、民俗学が従来集めてきた農山漁村だけでなく、町場や都心部にも不思議な空間は発見できることになる このことから、空間と伝説の関係は重要な役割を果たしているといえる。伝説はどこにでも発生し、語り継がれるものではなく、伝説の発生しやすい空間というものが存在している。
2.本論文では城下町としての明石の都市空間は、明石城を中心として、堀、その周りを武家屋敷、町屋、寺社、城下町の外といったように分けられる。この論文では、分けたものを同心円に配置、①城、②堀、③武士の世界、④町人の世界、⑤寺社、⑥城下町の外の世界、と6つに空間を分類した。
3.まず、城の桜掘には古たぬきが化けた一目入道がでたという伝説が伝わる。武士の世界には織田家長屋門の話が、町人の世界には樽屋町『茶碗谷の娘』という里謡が伝わる。
4.そして寺社の世界には柿本神社内に筆柿、盲杖桜伝説、八房梅の伝説、亀の碑、芭蕉の句碑、亀の水の伝説が残る。本松寺に、その隣の妙見寺には「ぼたん狐」の伝説、白雲の桜という桜町にはキツネ親子の伝説が残るなど、動物に関係した話が残る。そして、文学の地として『源氏物語』ゆかりの地であると言われる善楽寺、無量光寺、蔦の細道、朝顔光明寺に『平家物語』をなぞらえた忠度塚、腕塚神社、両馬川旧跡などが残っている。
5.外の世界の伝説であるが、山の神の伝説が残り、炭焼きや狩猟などの山仕事、焼畑などの農作業を行う時は必ず山の神を祀り、安全や方策をねがったという。
6.これらの伝承の分類を見ると、明石の町では明石の城よりも寺社の世界に伝説が多く残っている。それは先に述べた空間と伝説の二つが関係している。明石の町で、城よりも寺社の世界に伝説が多いのは、かつて寺社が城の防御として使われていた側面を持っており、明石の人々は寺社を町の境界だと感じていたのではないだろうか。先に伝説が生まれる空間には何かしらの境界や「辻」という、私たちが無意識のうちに民間伝承を堆積している場所がある、伝説は場所と関わっているということが重要なのだということを述べた。空間と場所の関係は密接で、それが明石の場合は、明石の寺社は防御態勢と関係があり、兵士の屯所として使われていた。 しかし、単純に防御としての町の内側と外側、外からの侵攻の防御という意識だけではなく、無意識のうちに異界とこの世の境界というように、霊的な役割をも持っていたのだろう。つまり、寺社の世界より内側が明石の城下町で、それより外は外の世界だと認識していたため、境目となる寺社の世界に伝説が多く残っているのである。

 

【目次】

序章 問題と方法 ---------- 7

 はじめに ---------- 7

 第1節 城下町としての明石の歴史 ---------- 7

 第2節 問題の所在 ---------- 7

 

第1章 伝説とは何か ---------- 8

 第1節 伝説とは ---------- 8

 第2節 伝説の発生しやすい場所 ---------- 8

 第3節 「辻」という空間 ---------- 9

第2章 城下町の空間構造 ---------- 10

 第1節 城下町の空間の特性 ---------- 11

 第2節 明石の城下町の構造 ---------- 11

  (1)城について ---------- 13

  (2)明石城の堀について  ----------14

 第3節 城、城と堀の定義 ----------15

 第4節 明石、武士の世界の定義  ----------15

 第5節 明石、町人の世界の定義 ---------- 16

 第6節 明石、寺社の世界の定義 ---------- 18 

 第7節 明石の城下町の外の世界 ---------- 19

第3章 空間と伝説 ---------- 20

 第1節 明石の歴代藩主 ---------- 20

 第2節 城・堀 一目入道の伝説 ---------- 22

 第3節 武士の世界、織田家長屋門 ---------- 28

第4節 町人の世界、樽屋町『茶碗谷の娘』----------  31

第5節 寺社の世界、柿本神社 ---------- 35

(1)柿本神社、由緒 ---------- 35

(2)筆柿 ---------- 38

(3)盲杖桜伝説 ---------- 39

(4)八房梅の伝説 ---------- 41

(5)亀の碑 ---------- 43

(6)松尾芭蕉の句碑 ---------- 44

(7)亀の水 ---------- 47

第6節 キツネにまつわる伝説 ---------- 48

(1)本松寺 ---------- 48

(2)妙見宮「ぼたん狐」の伝説 ---------- 51

(3)白雲の桜 ---------- 53

 第7節 『源氏物語』ゆかりの地 ---------- 57

(1)善楽寺 ---------- 57

(2)『源氏物語』の舞台としての真偽 ---------- 61

(3)無量光寺、蔦の細道 ---------- 62

(4)朝顔光明寺 ---------- 66

 第8節 『平家物語』ゆかりの地 ---------- 68

 第9節 外の世界・山の神 ---------- 74

結語―総括と考察― ---------- 77

 第1節 総括 ---------- 78

 第2節 結果の考察 ---------- 78

 

参考文献 ---------- 79

 

【写真本文から】

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写真1 城と堀、明石城

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写真2 武士の世界、織田家長屋門

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写真3 町人の世界、茶碗屋の娘

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写真4 寺社の世界、柿本神社

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写真5 6つの区分に伝承を分類した図