関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

文献解題

島村ゼミ3回生によるフォークロア研究文献解題

【解説担当者より】
論文を選ぶにあたり、解説担当者の地元である広島、昔話、相撲、漁師を扱うテーマの論文なども候補であったが、実際に論文を読み、より興味深かった以下の3本に絞った。中でも徳之島の闘牛の論文は惹かれるものがあった。これまで私は職人や修験者といった個人単位のフォークロアを研究することに関心を抱いていたが、課題を通じて、地域(島)単位で人々に影響を与えているその土地特有のフォークロアを研究することにも興味が出てきた。この3本に限らず、今後も多様な論文を参照し、自分の研究対象を見つけたいと思う。(山代哲也)


■曽我 亨「徳之島における闘牛の飼育と、その分類・名称・売買の分析―人々はいかに闘牛を楽しんでいるか―」『日本民俗学』188号、1991年。

(1)著者について
 曽我 亨 1964年岐阜県生まれ。1990年3月、京都大学大学院理学研究科修士課程(動物学専攻)修了。弘前大学人文学部教授。専門は生態人類学および東アフリカを中心とする牧畜社会研究。牧畜社会の紛争問題や、難民問題に関心をもっている。

(2)対象
 徳之島の闘牛、闘牛に没頭する人びと

(3)フィールド
 徳之島

(4)問題設定
 徳之島の人々はどのように闘牛に没頭しているのか

(5)方法
 現地での聞き取り調査、文献

(6)ストーリー
 闘牛と呼ばれるものには二つのタイプがある。スペインでおこなわれているような人と牛が戦うタイプと、東南アジアを中心に盛んにおこなわれている牛同士が戦うタイプである。本稿では後者のタイプの闘牛を扱っている。本稿では徳之島の人々が闘牛にどのように没頭し楽しんでいるかを、ウシの飼育や売買などの日常生活を通して記述することを目的としている。まず、徳之島と闘牛の概況、次にウシの育成と訓練方法、ウシの分類と評価、ウシの売買について細かく記述し、最後に調査結果を考察する形で構成されている。

(7)結論
 徳之島の人々は、ウシを横綱を頂点とする「ランク」の中に位置づけて把握している。「ランク」は厳密なものではなく、負けていないウシはいくらでも「ランク」を登りつめていくことができる。負けていないウシの持ち主は、既に横綱よりも強いウシを手にしている可能性すらある。そのため、無敗のウシは「ランク」のどこに位置するのかが曖昧である。彼らは無敗のウシを手にしたとき、想像をたくましくして喜びにひたるのではないだろうか。また、人々はウシに対する評価を持ち主に転嫁している。つまり、ウシの「ランク」もまた持ち主に転嫁されている。ここでウシの「ランク」が曖昧であるということは、持ち主も厳密な「ランク」の中にはおかれないことを意味している。ウシが曖昧にしか組織されないからこそ、名牛といわれるようなウシをもたない大半の人にとっても参加する楽しみがうまれてくる。つまり仮にある人が、自分のウシが負けることによって、曖昧な人間の「ランク」の中で下位に置かれたとしても、ウシを買い替えることによってそれはいくらでも変更が可能だからである。ただし「ランク」が曖昧であるからと言って試合が緊張を欠いたものであることにはならない。試合の結果ははっきりと出るからである。一時的であれ、誰のウシが勝ち、誰のウシが負けたかははっきりわかる。しかし全体としてウシの「ランク」は曖昧であり、人々も曖昧な「ランク」の中におかれている。この両方がそろって闘牛の楽しさがつくられているのではないだろうか。

(8)読み替え
 徳之島では現在も闘牛の伝統を引き継ぎ、人々に大きな影響を与え続けている。闘牛によって人々が結び付けられ、闘牛を通じて人々がアイデンティティを形成していることがよく分かる。もちろん、歴史を経て少なからず変化はある。かつて闘牛大会は人々の「慰み」としておこなわれていたが、現在は営利目的の興業としておこなわれている。また近年、賭博の取り締まりなどの影響で闘牛は下火になってきたともいわれている。しかし学校や町、部落の行事を計画するとき、闘牛大会が開かれる日を考慮せねばならないほど、闘牛は人々の中心的な娯楽の一つであり続けている。


■中嶋奈津子「早池峰神楽における「弟子神楽―旧花巻市と旧東和町からみる弟子神楽の条件―」『日本民俗学』266号、2011年。

(1)著者について
 中嶋奈津子 1965年岩手県盛岡市生まれ。2012年沸教大学大学院文学研究科博士後期課程(通信教育課程)修了。博士(文学)。盛岡市の病院・施設でリハビリの理学療法士として勤務しながら、民俗学の研究を進める。専門は民俗芸能。佛教大通信教育課程非常勤講師。

(2)対象
 早池峰神楽(岳神楽と大償神楽の総称)

(3)フィールド
 旧花巻市、旧東和町

(4)問題設定
 早池峰神楽における「弟子神楽」とはどのような存在であるのか

(5)方法
 現地での聞き取り調査、文献

(6)ストーリー
 岩手県大迫町に伝わる早池峰神楽は、これまで師弟構造を持って伝承されたことが各地の神楽に伝えられる。早池峰神楽の流れを汲むこれらの神楽群は、一般に「弟子神楽」と捉えられてきたが、個々の伝承由来や師弟関係および現状などの詳細については十分に調査されておらず、正確には把握されていない。本稿では、早池峰神楽の流れを汲む、いわゆる「弟子神楽」が最も多く存在する旧花巻市の神楽の経過と現状、および岳神楽との師弟関係と伝播の形態を報告し、さらに隣接地域の旧東和町に存在する、幾つかの弟子神楽との比較を試み、早池峰神楽における「弟子神楽」とはどのような存在であるのかについて論じる。

(7)結論
 比較の結果、弟子神楽を次のような二類型に分類できることがわかった。第一類型は、過去に岳神楽を学んだという伝承を持つ「伝早池峰岳系神楽」であり、これらの神楽は早い時期に岳神楽との師弟関係が途絶え、現在は独立した活動を行っている。旧花巻市内の多くの弟子神楽がこの類型にあたる。第二類型は、岳神楽との師弟関係を現代まで継続し、自ら早池峰流を名乗る「早池峰岳流神楽」であり、①過去に「権現舞」と「式舞」の双方を師匠から伝授されている②師弟関係が明記された神楽伝授書や、言い立て本(神楽本)を所有する、あるいは過去に所有していた③伝承由来や親神楽との過去の交流が明確である④相互に師弟関係を認めるなどの特徴がみられ、旧東和町の多くの弟子神楽がこれにあたる。分類したこれらの神楽は、明らかに岳神楽との師弟関係や神楽の伝播形態が異なる。とくに正式な弟子と認められるには神楽伝授書が必要であり、格式を持って師匠から弟子へと神楽が伝授されたことがわかる。今後、早池峰神楽における弟子神楽について述べるにあたり、その流れを汲む神楽群を一様に捉えることなく、その経過や状況により分類する必要があると結論付けた。

(8)読み替え
早池峰神楽における弟子神楽について述べるにあたり、その流れを汲む神楽群を一様に捉えることなく、その経過や状況により分類する必要がある。「弟子神楽」という同じ言葉で表現されている文化も旧花巻市、旧東和町といった異なる集団(グループ)を比較することによって異なるフォークロアが見えてくる。


■阿南透「運動会のなかの民俗−釧路市民大運動会の事例から−」『日本民俗学』249号、2007年。

(1)著者について
 阿南 透 江戸川大学社会学現代社会学科教授、2001年11月、日本生活学会研究奨励賞受賞。

(2)対象
 釧路市民大運動会

(3)フィールド
 北海道釧路市

(4)問題設定
 なぜ釧路市民大運動会が釧路市民に人気を博したのか。運動会を民俗学的に研究する意義

(5)方法
 聞き取り、文献調査(プログラムなどの資料、地方新聞など)

(6)ストーリー
 運動会は近代日本で盛んに行われる年中行事であるが、これまで民俗学が対象としてこなかった。その理由は主に以下の4点である。1、民俗学の競技研究は信仰との関連のみで行われた。2、遊びや娯楽も同様に信仰との関連で研究してきた。このため信仰と縁のない運動会は対象外であった。3、外来文化の土着化に注意を払わなかった。4、学校行事を対象としなかった。ところが実際には、地域最大の年中行事として盛大に挙行されている運動会がある。本稿は北海道釧路市で1911年から1997年まで行われた釧路市民大運動会を取り上げる。そして7つの時期に区分して内容を検討した上で、それがなぜ釧路市民に人気を博したのかを、エリートスポーツ、職場対抗、余興、芸能、大衆スポーツ、共同飲食の6つの観点から考察する。

(7)結論
 全国に通用する有名選手の出場、職場対抗による団体戦への熱狂、さまざまな趣向を凝らした余興(遊戯のような競技、仮装行列など)や芸能(民俗芸能、民踊、ダンス、体操など)、花見に類似した宴といった要素が明らかになった。釧路市民運動会は、競技に注目すると、参加団体の対抗を経て全体がまとまるという、祭礼と同じ構成である。娯楽に注目すると、集団によるさまざまな身体表現により娯楽性を演出し、それにより非日常性を表出する行事である。そして群集による宴が娯楽性をさらに強調する。こうした特徴は、民俗学の射程に十分に収まる内容であり、こうした行事を民俗学が研究することは十分に意義のあるものと考えられる。

(8)読み替え
 釧路市民大運動会のような大きな運動会では、よりユニークで長い伝統をもつフォークロアが見られる。しかし、大規模な運動会に限ることではない。地方の小規模な運動会にも、特有な構成、演出があり固有のフォークロアが存在するだろう。