関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

現代の修験ー宝塚市・長尾山宝秀院の事例ー

杠菜々子

 

 

【要旨】

 本研究は、兵庫県宝塚市の修験道寺院「長尾山宝秀院」をフィールドに実地調査を行うことで、宝秀院の住職であり、修験者でもある藤本誠秀氏がどのような人生を送ってきたのか、また、現代の修験の実相について明らかにしたものである。本調査で明らかになった点はつぎのとおりである。

 

1.聞き取り調査から、藤本氏の人生の転機として幼少期の生活と阪神淡路大震災、交通事故の経験が挙げられた。これらの経験からは、人に対しての憎しみや自分自身に対しての疑問、諦めなどの様々な感情を得た。このことから、藤本氏は人間や愛、慈しみなど全ての物事について深く考えるようになった。

 

2.これらの経験があったものの、藤本氏は修験の世界に入るきっかけというものは特にないと語っている。建築関係の仕事をしながら全て流れに身を任せているうちに偶然修験の世界に導かれ、それが自分に合っていたと語る。

 

3.兵庫県神戸市北区に位置する丹生山が、藤本氏に大きな影響を与えた山である。丹生山で念仏行や回峰行、滝行を行ったことで藤本氏自身が助けられ、周囲の人も病気が治るなど、他の山とは違うものを感じたという。

 

4.藤本氏は現在も定期的に丹生山に訪れ、5月5日に開催される丹生神社の申祭には毎年参加している。申祭では「丹生山で修行をさせて頂いたお礼」として、玉串奉奠などの神事の手伝いや、丹生山頂上までの道中で法螺貝を吹いて先導をしている。

 

5.長尾山宝秀院のご本尊は丹生都比売命、山王権現、牛頭天王である。それら三尊は丹生山にお祀りされており、藤本氏自身や周囲の人が多くの助けを頂いたと感じていることから、ご本尊としてお祀りすることにした。

 

6.藤本氏が最も大変であったという修行の一つが、八千枚護摩行である。宗派によって修行内容には違いがあるが、藤本氏は肉体的にも精神的にも準備が必要だと考え、2年間準備期間を設け、本番に向けて護摩行・念仏行・穀断などの修行を行った後、2017年に正式に八千枚護摩行を行った。

 

7.藤本氏は、修験道とは「山であそぶこと」だと語っている。藤本氏自身が、修行を行う「修験道」は苦しく耐えるだけのもので敷居が高いと感じていたため、もっと身近なものとして捉えてほしいという想いがある。先輩から、「修行には滝行や座禅など様々なものがあるが、それだけではなく自然や全てに同化することが修行」と教わったことが、現在の藤本氏の活動につながっている。

 

8.現代の修験道は弟子や信者が少なくなっている状況であるが、藤本氏は「友縁」と呼んでいる信者から、会費はもらっていない。それは、藤本氏が「修験道が全員でなくとも誰かの心に刺さって、この世界に入ってくれればそれでいい」と考えていることからである。「人々が少しでも前に進んでいけるように何かお役に立ちたい」という想いが、宝秀院を続けている大きな理由である。

 

 

【目次】

 

序章 問題の所在

 

第1章 藤本誠秀氏のライフヒストリー

 第1節 生い立ち

  (1)母親との関係と阪神淡路大震災

  (2)交通事故

 第2節 丹生山との出会い

  (1)丹生山と丹生神社

  (2)藤本氏と丹生山

 第3節 長尾山宝秀院の創設

  (1)宝塚市山本地区

  (2)創設までの過程

 

第2章 長尾山宝秀院

 第1節 祭神

 第2節 儀礼

 第3節 修行

 第4節 藤本氏の信念

 

結語

 

文献一覧

謝辞

 

【本文写真から】

f:id:shimamukwansei:20220110114046j:plain

写真1 長尾山宝秀院の看板

f:id:shimamukwansei:20220110115442j:plain

写真2 長尾山宝秀院の入口

f:id:shimamukwansei:20220110115250j:plain

写真3 採燈護摩壇

f:id:shimamukwansei:20220110115617j:plain

写真4 丹生神社の鳥居

f:id:shimamukwansei:20220110115733j:plain

写真5 山田町から望む丹生山(写真中央奥)



【謝辞】

 本論文の執筆にあたり、多くの方々にご協力いただきました。お忙しい中、何度も貴重なお話をお聞かせくださいました藤本誠秀様、長尾山宝秀院のお弟子の皆様、丹生宝物殿の見学にご協力くださいました神戸市北区役所山田出張所の林芳宏様、田尾憲一様、山田民俗文化保存会会長の新田嘉己様、丹生宝物殿管理者の田中様、これらの方々のご協力なしに本論文の完成はありませんでした。今回の調査にご協力いただいたすべての方々に心より御礼申し上げます。本当にありがとうございました。