関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

おちょぼさん―岐阜県海津市千代保稲荷神社の信仰をめぐって―

信田実希

 

【要旨】 

本研究は、岐阜県海津市平田町に位置する千代保稲荷神社をフィールドに、神社が定める「公式儀礼」と門前町に住む人々や参拝に訪れる人々によって生み出された「信仰習俗」について実地調査を行い、その実態を明らかにしたものである。本研究で明らかになった点は以下のとおりである。

 

1.千代保稲荷神社は、人々から「おちょぼさん」の愛称で親しまれ、商売繁盛や家内安全にご利益があるといわれている。約1000年前に、八幡太郎源義家の六男義隆が分家する際、森の姓を授かり、祖先の霊璽、宝剣、義家の肖像などを「千代、代々に保っていけ」と賜ったのが始まりである。神社の名称もこの言葉に由来している。約500年前の源氏が滅びた後の文明年間に、義隆の子孫である森八海が現在の須脇の里を開き、義家に由来する霊璽を祀ったのが神社としての始まりである。代々森家で宮司を継承しており、現在は森康氏が21代目を務めている。

 

2.千代保稲荷神社では、お札やお守りの授与、朱印帳の記帳を行っていない。それは「千代に保て」の言葉通り、ただ神社を守っていくことが目的であり、分霊などは古伝に反するという理由からである。

 

3.千代保稲荷神社唯一の分社として1952年(昭和27年)に名古屋支所が創建された。名古屋支所創建に至った主な理由は、信者の増加と教化育成、交通網の不便さである。戦後すぐは講が発達した時期でもあり、千代保稲荷神社の信仰圏は岐阜県内にとどまらず、三重県や愛知県にまで広がっていた。八事や金山を含む名古屋は商売人が多かったこともあり、最も信者が多かった。しかし当時は交通網が発達していなかったため、名古屋に住む信者が千代保稲荷神社へ行くことは容易いことではなく、これに対応するため、名古屋支所が設けられたのである。

 

4.千代保稲荷神社の門前町は約700メートルで、そこには120を超える店が並んでいる。「須脇」と「大尻」の2つの地域に分けることができ、境に中鳥居が立っている。須脇に並ぶ店の歴史は比較的古く、土地柄を生かした川魚料理屋などが多い。それに対して大尻に並ぶ店は新しく、テナントショップとして物販をしている店が多い。かつてのおちょぼさんの門前町の三大名物といえば「漬物・みたらし・草餅」であったが、現在は「串カツ」も参拝後のゲン担ぎとして、若者を中心に人気を集めている。

 

5.千代保稲荷神社が公式に定めている儀式は、祭事とご祈祷である。年間祭事は、歳旦祭(元旦)・初午祭(旧暦2月、初午の日)・秋季大祭(体育の日)・月例祭(毎月1日、15日、22日)である。ご祈祷に訪れる人の願意は明らかではないものの、自営業をする人など商売に関係している人が多い。

 

6.千代保稲荷神社では神社が定める公式儀礼に対し、門前町に住む人々や参拝に訪れる人々によって生み出された民俗信仰が多く存在する。たとえば、参拝方法でいえば、油揚げをお供えすることや名刺を霊殿の御簾などにさして帰ること、精霊殿で賽銭箱が置いてあるにもかかわらず、お社の屋根に向かって賽銭を投げることなどである。また、月末から1日にかけて大勢の人で賑わう「月越参り」も参拝者によって生み出されたものである。家出した人が戻ってくる「足留め稲荷」や向かい合うキツネの像から「縁結びの神様」といわれることもあるが、それらの神様を神社として祀っているということはない。これらの俗信や風習がいつ生み出されたかについては、はっきりと分かっていないが、変化をしながらも現在も生き続けている。

 

【目次】

序章  

第1章 千代保稲荷神社

 第1節 千代保稲荷神社

 第2節 森家の伝承

 第3節 信仰圏と名古屋支所

 第4節 門前町

第2章 公式儀礼

 第1節 年間祭事

 第2節 祈祷儀礼

第3章 民俗信仰

 第1節 月越参り

 第2節 お供えの油揚げ

 第3節 霊殿の名刺

 第4節 足留め稲荷

 第5節 屋根に投げられる賽銭

 第6節 榊の葉

 第7節 向かい合うキツネ

結語

文献一覧

謝辞

 

【本文写真から】f:id:shimamukwansei:20190120144909p:plain

図1 千代保稲荷神社

*「おちょぼさん」(海津市観光協会)をもとに作成。

 

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図2 現在の門前町

*「おちょぼさん参道散策MAP」(海津市)より。

(東口大鳥居から中鳥居までが「須脇」、中鳥居から南口大鳥居までが「大尻」)

 

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写真1 門前町の様子(写真は須脇の地域)

 

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写真2 月越参り当日(2018年8月31日)の拝殿前の様子

 

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写真3 お供えされた油揚げ

 

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写真4 霊殿の名刺

 

 【謝辞】

 本論文の執筆にあたり、多くの方々の協力をいただきました。

 お忙しい中、千代保稲荷神社に関するお話を聞かせてくださった、宮司の森康氏、禰宜の中野泰宏氏、ほていやの吉田家の皆様をはじめとする門前町の方々、参拝に訪れていた方々。これらの方々の協力なしには、本論文の完成に至りませんでした。今回の調査にご協力いただいた全ての方々に、心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。