関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

酒場の人生 ─キャバレー「グランドサロン十三」社長 松崎良一氏のライフヒストリー─

社会学部 大谷加玲

【要旨】
 本研究は大阪にある、或るキャバレーを対象に、その社長のライフヒストリーを通してキャバレーの世界とはどのようなものであるかを明らかにしたものである。明らかにしたのは以下の通りである。
1.キャバレー発祥とその経緯
ルーツは明治に洋行帰りの洋画家が開いた「カフェー」。大正時代に入り間もなく、コーヒーの店と酒の店が分化した。酒の店では女給が客席でのサービスも行うようになり、酒のお酌だけでなく"色気"を売り物にするようになる。第一次世界大戦後の不自然な経済の急成長の行き詰まりと、関東大震災後の不況により昭和初期は重苦しい世情になった。その頃からカフェー業界でもいわゆるエロ・サービスが氾濫するようになり、後に”キャバレー王”と言われる榎本正が、専属の踊り子を養成してステージショーを上演する” 赤玉ダンスショー”を目玉にし、大箱のカフェーを開店。これを”キャバレー”と呼称した。戦争により、閉鎖されていった社交場はキャバレー・ダンスホールとして復活高度経済成長とともに爆発的に店舗が増え、日本中の繁華街に大型キャバレーが軒を連ねていく。
2.キャバレーの世界
現在キャバレーの常連客は、70から80歳の男性が多い。年金受給者が多く、受給日の翌日に来店する。馴染みのホステスに会うために来る。アルコールは飲まないという人も多く、コーヒーやウーロン茶を頼み、カラオケをする。客の素性は特に知らない。本人に話されれば聞くが、こちらから尋ねることもない。ホステスの現在の時給は近隣の地域の他の仕事と変わらないため、あえてキャバレーを選ぶ人は少なくなってきた。「お客さんもだけどホステスさんも減ってきている」そうだ。しつらえは、1階、2階は吹き抜けのホール。1階にはステージとオーディエンスフロア、バーカウンターがある。ステージを取り囲むように作られた半円形のバルコニー席になっている。エントランスからは赤い絨毯が延び、ビロードのソファが並ぶ。手元のランプは風営法に配慮してつけているものだ。
3.キャバレーとは何か
キャバレーは、全てが人間関係で成り立っている。そこには、時々もうやめてしまいた いと思うようなこともある。しかし、関わりによって、癒されたり、考えさせられたり、頑張れたり、自らを律したりできる。このように人の中にどっぷりと浸かる商売は他にはない。キャバレーにある商品は「サービス」であり、奉仕の精神によって成り立っている。「モノ」のないところにお金が発生する。そこに見られるのは、客とホステスの関係や、男と女の関係というよりも人と人のコミュニケーションの場であった。

【目次】
序章 ......................................................................... 4
 1.問題の所在大阪駅環状線ホームのゴミ箱はキャバレーの世界への入り口だった ... 5
 2.キャバレーとは何か ..................................................... 5
 3.十三という場所 ......................................................... 8
1章 放浪時代..............................................................12
 第1節 キャバレーの世界に入るまで.........................................13
 第2節 日本全国を旅する .................................................13
 第3節 寅さんへの憧れ、フーテン生活.......................................15
2章 京橋にて..............................................................17
 第1節 大阪駅環状線ホームのゴミ箱はキャバレーの世界への入り口だった........18
 第2節 酒場を調理場と勘違いする...........................................18
 第3節 京橋のキャバレーでの悪い待遇.......................................19
3章 グランドサロン十三....................................................20
 第1節 若い衆を連れて十三へ...............................................21
 第2節 ボーイから幹部へ..................................................21
 第3節 スナックのオーナーに...............................................23
 第4節 郵便局で働く......................................................25
 第5節 グランドサロン十三への復帰 ......................................... 27
4章 キャバレーの世界......................................................28
 1.松崎氏から見た客とホステス............................................. 29
 2.しつらえの工夫 ........................................................ 31
 3.キャバレーとはどういう場所なのか ....................................... 35
結語 ........................................................................ 38
文献一覧 .................................................................... 40

【本文写真から】


図1,2 キャバレーグランドサロン十三・外観

図3 グランドサロン十三社長・松崎氏

図4 ボーイ




図5,6,7,8 しつらえ
【謝辞】
本論文の執筆にあたり多くの方々が調査に協力してくださいました。忙しい中、キャバレーと自らのライフヒストリーをお話してくださった、グランドサロン十三社長の松崎氏。営業している店内の撮影に協力してくださったボーイ、ホステスの皆様。地元十三について教えてくださった大和氏。これらの方々のご協力なしには、本論文は完成に至りませんでした。また、松崎氏から「今までいろんな取材を断ってきたが今回初めて取材を受けた理由」として、ご自身が経営されていた2件目のスナックに当時の関西学院大学生が足しげく通ってくれていたことへの感謝の思いからだと聞きました。今回の調査にご協力いただいた全ての方々と松崎氏との縁を結んでくださった先輩方にも、心より御礼申し上げます。本当にありがとうございました。