関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

みそ焼きうどんとモーレツ紅茶―トラック運転手が生み出した国道1号線亀山周辺の食文化―

みそ焼きうどんとモーレツ紅茶―トラック運転手が生み出した国道1号線亀山周辺の食文化―

藤本祐也

【要旨】

 本研究は、三重県亀山市をフィールドに、「亀山みそ焼きうどん」と「モーレツ紅茶」の二つの食文化に関する実地調査を行うことで、国道1号線亀山周辺を通過するトラック運転手と亀山市内の焼肉店・大衆食堂との関わり、さらに、B級グルメ化される「亀山みそ焼きうどん」をめぐる「亀山みそ焼きうどん本舗」と亀山市内の飲食店との関わりについて明らかにしたものである。本研究で明らかになった点は以下の通りである。

1.携帯電話が普及して、ソフトバンクの無料通話が流行する2006(平成18)年頃までは、CB無線がトラック運転手同士の主な通信手段として用いられていた。主に、亀山市内の焼肉店・大衆食堂には、大阪と静岡の運送会社の方が集団で昼頃立ち寄り、駐車場で5〜6時間仮眠を取って、22時頃目的地に向けて亀山を出発していた。

2.今日、B級グルメとして有名になった「亀山みそ焼きうどん」の発祥は亀とん食堂である。ホルモンにつける味噌ダレの起源は、亀とん食堂の創業者である村主さかえ氏が、戦前に名古屋のとんちゃん焼の影響を受けて、独自の味噌ダレを作り、それをホルモンにつけるようになったことである。また、ホルモンの中に入っているうどん玉の起源は、1965(昭和40)年頃に、亀とん食堂で肉の旨みを閉じ込めるために、肉の中に入れられるようになったことである。

3.みそ焼きうどんは、その後運転手の間で評判になって、国道沿いの焼肉店や大衆食堂に広がっていき、最盛期には1号線の滋賀県鈴鹿市の間で20軒ほど、この料理を提供する店ができた。また、亀山市内の焼肉店では、網焼きではなく、鉄板焼きが主流である。これは、肉の旨みをうどん玉に染み込ませるためと洗う手間を省くために、普及していった。

4.亀山周辺での本格的な紅茶生産は1948(昭和23)年以降に、川戸勉氏が中心となって、紅茶生産を進めたことが起源で、その後1960(昭和30)年代には、亀山市は国内有数の紅茶の産地となった。しかし、1970(昭和45)年の紅茶輸入自由化によって紅茶生産は衰退し、紅茶から緑茶への生産転換が図られた。

5.勉氏が亀山周辺に普及させた紅茶品種は、「べにほまれ」である。これは、1902〜1945(昭和2〜20)年までの間、台湾で紅茶製造に携わっていた勉氏が1945(昭和20)年に帰国した後、日本各地で品種改良に取り組んだ結果、誕生した茶品種である。

6.1970(昭和45)年の紅茶輸入自由化以降は、ほとんど生産されていなかったべにほまれであったが、2012(平成24)年に亀山市内の紅茶園に30aだけ残っているのが発見された。その後、「亀山Kisekiの会」の手によって、商品化され、「Kisekiの紅茶〜べにほまれ〜」という商品名で販売されるようになった。

7.喫茶店オレンジペコーの看板メニューとなっているモーレツ紅茶は創業から今日までべにほまれの茶葉で作られている。なお、「モーレツ紅茶」という名前は、1969(昭和44)年当時、一世を風靡していた歌手の小川ローザ氏の「Oh‼ モーレツ」という流行語をもとに、モーレツに眠気を覚ますという意味を込めて、トラック運転手が名付けたものである。

8.B級グルメが流行するまで、運転手や工場労働者の間にしか広まっていなかったみそ焼きうどんは、市民活動団体の活動がきっかけとなって「亀山みそ焼きうどん」として、B級グルメ化されていった。今日では、亀山市内だけでなく、県外でも有名なB級グルメとなっている。


【目次】

序章 ―――――――――――――――――――――――――――――6

 第1節 問題の所在‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥6

 第2節 三重県亀山市の概況‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥6

(1)亀山という町‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥6

(2)交通の要所としての亀山‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7

(3)労働者の町として亀山‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥10

 第3節 トラック運転手の世界‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥10

(1)CB無線‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥10

(2)トラック運転手の生活‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥13

(3)ドライブインとトラック・ステーション‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥14

第1章 亀山みそ焼きうどん―――――――――――――――――――20

 第1節 亀とん食堂‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥20

(1)店の創業とみそ焼きうどんの誕生‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥20

(2)食材へのこだわり‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥21

(3)鉄板へのこだわり‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥21

 第2節 亀八食堂‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥25

(1)店の創業とみそ焼きうどんの誕生‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥25

(2)店へのこだわり‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥25

 第3節 亀山食堂‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥29

(1)店の創業とみそ焼きうどんの誕生‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥29

(2)店へのこだわり‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥30

第4節 うえだ食堂‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥33

(1)店の創業とみそ焼きうどんの誕生‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥33

(2)店へのこだわり‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥33

第2章 亀山と紅茶―――――――――――――――――─37

 第1節 亀山での紅茶生産‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥37

(1)紅茶の歴史と亀山での紅茶生産‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥37

(2)川戸正義氏、慶子氏のライフヒストリー‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥39

(3)駒田六平氏ライフヒストリー‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥39

 第2節 オレンジペコー‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥43

(1)べにほまれの誕生‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥43

(2)店の創業とモーレツ紅茶の誕生‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥44

第3章 B級グルメとしての亀山みそ焼きうどん―――――――――――――――――─53

 第1節 亀山の隠れグルメとしてのスタート‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥53

(1)「亀山みそ焼きうどん」の誕生‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥53

(2)亀山市域への浸透‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥53

 第2節 隠れグルメから全国区へ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥56

(1)市外進出‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥56

(2)「B−1グランプリ」への出展‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥57

結語――――――――――――――――――――――――――――――62

文献一覧――――――――――――――――――――――――――――64



【本文写真から】


国道1号線亀山IC付近



亀とん食堂



亀とん食堂のみそ焼きうどん



オレンジペコーのモーレツ紅茶


【謝辞】

 本論文の執筆にあたり、多くの方々のご協力をいただいた。お忙しい中、亀山みそ焼きうどんやトラック運転手についてのお話を聞かせて下さった亀とん食堂の村主日出子氏、村主功氏、亀八食堂の村主信子氏、亀山食堂の内田護氏、内田きみ氏、うえだ食堂の上田武氏、亀山みそ焼きうどん本舗の伊藤幸一氏、ほか調査にご協力いただいた亀山市内の飲食店の皆さん。ドライブインについてのお話を聞かせて下さった株式会社安全の北川亨氏。モーレツ紅茶とべにほまれについてのお話を聞かせて下さった喫茶店オレンジペコーの川戸利之氏、川戸敏子氏。亀山市の紅茶生産についてのお話を聞かせて下さった川戸慶子氏、「亀山Kisekiの会」代表の駒田六平氏亀山市環境産業部農政室主幹の小林恵太氏、亀山茶農業協同組合の中川氏、三重県農業研究所茶業研究室の皆さん。これらの方々のご協力なしには、本論文は完成に至らなかった。今回の調査にご協力いただいた全ての方々に、心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。