関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

宝石珊瑚の民俗誌―高知県をフィールドとして―

宝石珊瑚の民俗誌―高知県をフィールドとして―
寺尾 麻沙 

【要旨】
 本研究は、高知県をフィールドとし、これまでの宝石珊瑚のあり方や、宝石珊瑚の流通の過程を調査することで、現在の宝石珊瑚の置かれている状況と、宝石珊瑚業界の実態を明らかにしたものである。明らかになった点は以下の通りである。

1.高知県の珊瑚が採られたのは江戸時代が最初で、室戸岬沖と足摺岬沖が中心の漁場であった。その後室戸岬沖の珊瑚の減少や質の低下を理由に、足摺岬沖の特に月灘(土佐清水市から大月町にかけての地域)と呼ばれる地域が珊瑚の漁場の中心となった。

2.明治42年に高知県に襲来した台風によって珊瑚漁船の多くが遭難、珊瑚漁師は200名以上が死亡した。これにより廃藩置県後の珊瑚漁の全盛期は一時衰退傾向にあったが、大正4年ごろから再び脚光を浴び、珊瑚漁は活気を取り戻した。

3.終戦後の日本の景気の向上の波に乗り、宝石珊瑚は人気を集めた。昭和50年の沖縄国際海洋博覧会で注目を集めたことでその知名度と人気に拍車がかかり、嫁入り道具や着物の帯留めなどには定番の宝石となった。当事高知県では、特に加工技術の発達は目覚しいものであった。

4.特に宿毛など高知県西部は、その地域一帯が漁や加工、小売など、珊瑚に関係する仕事で大いに栄え、珊瑚は町の一大産業となっていた。また高知県東部の室戸市も、血赤珊瑚の採れる唯一の漁場として栄えた。

5.平成になり、時代の変化、景気の悪化によって宝石珊瑚市場は衰退傾向にあった。しかし、近年のアジア諸国の国力の増大に伴って、珊瑚市場は再び注目を集めており、原木の取引価格もかつてないほどの高騰を見せている。

6.珊瑚の市場価格の高騰に伴い、高知県の多くの漁師たちが、漁業から珊瑚漁に転向する動きを見せている。高知県西部では、清水サバと呼ばれるブランドのついたサバの漁師が次々と珊瑚漁師へ転向し、数年の間に清水サバの漁獲高は格段に下落した。高知県東部の室戸では、比較的若い世代が珊瑚漁に新規参入する傾向が強い。

7.宝石珊瑚は現在、ワシントン条約の対象種に加えるかどうかの協議の渦中にある。その中で、宝石珊瑚は乱獲によってその生態系を破壊しているのではないかと騒がれているが、そのような事実は存在しない。高知県や台湾など、採取地ごとに細かな規制を設けて細心の注意を払った上で採取に当たっている。また宝石珊瑚は入り組んだ岩場、海底深くに生息するため、現在高知県で許可されている、珊瑚網を使用した漁法で宝石珊瑚を採り尽くすことは不可能である。

8.高知県内で採取された珊瑚は、日本珊瑚商工協同組合が主催する原木入札会を通じて、全国の珊瑚の小売業者や加工業者のもとに渡る。原木入札会は高知県香南市にある吉川漁港内の施設で、2月、5月、10月に行われる。日本珊瑚商工協同組合の加盟者が落札者、高知の各漁業協同組合に加盟する漁師が出品者となる競売形式の取引である。

9.現在大手の珊瑚メーカーは、入札会で仕入れた珊瑚を原木のまま海外に輸出することが多く、大手ではその形態の取引が一番の収入源となっている。したがって、国内の宝石珊瑚市場において、加工業者や加工職人が携わる部分が少なくなってきている。高知県では、昔から珊瑚の加工技術は特に発達していたために、現在の原木取引による痛手は大きい。

10.市場価格の高騰によって、宝石珊瑚業界の産業としての側面は失われてきているといっても過言ではない。また、原木輸出は、宝石珊瑚の可能性を引き出さないままに取引が簡潔してしまうが、原木自体の価格の高騰で、数パーセントの上乗せだけで大きな利益となるために、そのような取引形態が常態化している。

11.宝石珊瑚は海外に比べて、日本、名産地の高知県でさえ知名度が低い。つまり宝石珊瑚に関わる者は、まだまだ宝石珊瑚の秘める可能性を引き出しきれていない。このように時代と共に取引形態や取り巻く環境が様変わりしても、関係者は皆宝石珊瑚を世間に知ってもらいたいという一貫した気持ちのもとで宝石珊瑚に関わり続けている。



【目次】

序章――――――――――――――――――――5

 第1節 問題の所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6

 第2節 生物としての珊瑚・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7

 第3節 宝石珊瑚の歴史・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9

 第4節 宝石珊瑚のグレードと種類・・・・・・・・・・10

  (1)グレードと判別方法・・・・・・・・・・・・・・・・10

  (2)種類と産地・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11

第1章 血赤珊瑚の採れるまち 室戸―――――13

 第1節 魚から珊瑚へ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14

  (1)魚とともに生きる時代・・・・・・・・・・・・・・14

  (2)珊瑚漁船の増加・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14

 第2節 珊瑚漁の現場・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16

  (1)出漁と規制・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16

  (2)漁船と道具・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16

  (3)漁場と漁法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16

 第3節 珊瑚の加工・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17

第2章 土佐清水―清水サバから珊瑚へ――――23

 第1節 月灘と珊瑚・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24

 第2節 清水サバ漁から珊瑚漁へ・・・・・・・・・・・・27

  (1)清水サバ漁の時代・・・・・・・・・・・・・・・・・・27

  (2)珊瑚漁の再燃・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28

第3章 珊瑚で栄えた町 宿毛――――――――29

 第1節 宿毛と珊瑚・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30

  (1)地域の一大産業として・・・・・・・・・・・・・・30

  (2)小売店の減少と漁船の増加・・・・・・・・・・30

 第2節 珊瑚漁の現場・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31
  
  (1)出漁と規制・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31

  (2)漁船と道具・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31

  (3)漁場と漁法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32

 第3節 中輝珊瑚店・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34

第4章 日本の珊瑚の中心 高知―――――――41

 第1節 日本珊瑚商工協同組合・・・・・・・・・・・・・・・42

  (1)日本珊瑚商工協同組合とは・・・・・・・・・・42

  (2)珊瑚の保護育成とワシントン条約・・・・43
 
 第2節 原木入札会・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43
  
  (1)日程・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43

  (2)計量・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・44

  (3)入札に関わる人々・・・・・・・・・・・・・・・・・・46

  (4)入札会の流れ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・47

 第3節 前川珊瑚工房・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60

  (1)加工業と珊瑚の値上がり・・・・・・・・・・・・60

  (2)現代の名工・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・68

 第4節 繁華街の小売店・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・68

  (1)池田サンゴ店・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・68

  (2)米沢サンゴ店・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・69

 第5節 マサキ珊瑚店・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・73

  (1)マサキ珊瑚店の創始・・・・・・・・・・・・・・・・73

  (2)産業とマネーゲーム7・・・・・・・・・・・・・・・74

結語――――――――――――――――――――79

文献一覧――――――――――――――――――81







































珊瑚網。これを水深90〜150メートルに沈めて珊瑚を採る。



























珊瑚加工職人の前川泰山氏による工芸品の彫刻風景。



























原木入札会の様子。













【謝辞】
 本論文を執筆するにおいて、たくさんの方々にご協力をいただいた。お忙しい中で、その上突然の来訪にも関わらず快くお話してくださった、中山貴史氏、中山敏氏、前川泰山氏、岡本やよい氏、土田佳子氏、信田千恵氏、池田美智子氏、岡本幸二郎氏。原木入札会への参与調査を許可してくれた小松信介氏、その中で多くのお話を頂いた田中元二氏、木内康夫氏、佐竹伸一氏、その他原木入札会参加の皆様。漁船に乗せていただいた寺岡喜代明氏、仲村一也氏、寺岡恵氏。わざわざお声がけをしていただき調査に協力していただいた正木友章氏、山田聰理氏。これらの方々のご協力のおかげで、本論文を完成させることが出来た。
今回の論文作成に協力していただいた全ての方々に、心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。