関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

伊良部島佐良浜のユークイ

伊良部島良浜のユークイ


社会学部 0023 横村成美

目次
序章
 第1節 問題の所在
 第2節 伊良部島良浜の概況

第1章 ユークイとは
 第1節 ユークイの意義
 第2節 ユークインマとツカサンマ
 第3節 御嶽

第2章 2012年のユークイ
 第1節 ユークインマの構成
 第2節 ニガイの流れ
 第3節 ユークイ全体の流れ

第3章 元前里添のカカランマ、福里美江さんの事例
 第1節 カカランマに選ばれてからのライフストーリー
 第2節 カカランマの1年


序章

第1節 問題の所在

 日本の南西諸島島嶼には、今もなお、様々な女性司祭制度が根差している。その女性司祭制度が大きく関わる行事として、奄美、沖縄地方では、ユークイ祭りがおこなわれている。今回は、2012年11月7日から9日の間、沖縄県宮古市伊良部島の佐良浜地区に通い、観察、聞き取りを通して、佐良浜地区のユークイ祭りの実態を明らかにした。

第2節 伊良部島良浜の概況

 まずは、伊良部島について説明する。伊良部島は、人口5800人ほどの島で、宮古島から北西に約4キロのところに位置する。宮古島本島からは、平良港からフェリーに乗っておよそ15分の距離であり、カツオ漁が有名である。
 今回の調査地区である佐良浜は、伊良部島の沿海に位置し、漁業がさかんな地区である。佐良浜は、池間添(以下、本村)と前里添(以下、中村)の2地区から形成されている。東側の本村は、池間島からの移住民によって形成されたとされる。一方、西側の中村は、本村ののちに形成されたとされる。2003年時点での戸数は、この2地区をあわせて、およそ1300戸で(真下 2003)、伊良部島の中心部となる地区である。


第1章 ユークイとは

第1節 ユークイの意義

 ユークイとは、「世」を「乞う」という意味の豊年祭である。「世」には、「豊かなもの」という意味があり、地元の方も、ユークイを「海から渡ってくる様々な豊かなものを砂と一緒に撒いて拝む日」として認識している。
良浜地区のユークイは、47歳から57歳までの女性たち(ユークインマ)が中心となっておこなう女性の祭りである。 ユークイは、57歳でユークインマを隠行するインギョーンマたちの卒業式という意味も兼ねている。ユークイがおこなわれる日程は、旧暦9月のきのえ、きのとにあたる日に定められる。


写真1:Aコープにあった貼り紙。ウホは、大きいという意味。



第2節 ユークインマとツカサンマ

 佐良浜の女性たちは、47歳から57歳の間は、ユークインマに所属する。このユークインマたちの中には、様々な役割を担った女性たちがいる。ユークインマの仕組みを表したものが以下の図である。

         前里添(中村)         池間添(本村)




 まず、村の神行事を執りおこなうのが、「ウフンマ」、「カカランマ」、「ナカンマ」の3役で、彼女たちを総称して、「ツカサンマ」と呼ぶ。
各ツカサンマの役割は、次の通りだ。ウフンマは、儀礼全体を執りおこない、まとめる立場である。ユークイの際には、白い着物を着て、「グシャン」と呼ばれる杖を持っている。カカランマは、神意を受ける役割を持ち、儀礼では、「アヤグ」を歌う。ナカンマは、ウフンマの補助役とされる。この3役の中では、ウフンマ、カカランマ、ナカンマの順で優位性が高い。また、本村が、中村よりも優位に立つため、6名のツカサンマの中では、本村のウフンマが最も権限を持っていることになる。
 ツカサンマたちの任期は、本村、中村ともに、3年である。佐良浜では、ツカサンマの選出は、ツカサンマ候補の女性たちの夫の名前が書かれた神籤によっておこなわれる。
ツカサンマに選ばれるためには、いくつかの条件を満たしていなければならない。その条件とは、以下のものである。

1 ユークインマに所属していること。
2 マスムイを受けていること。(佐良浜生まれであること。)
3 佐良浜在住であること。
4 夫婦ともに健康であること。

 次に、ユークインマの中の、ツカサンマ以外の役について紹介する。
 アニンマは、ツカサンマとしての3年間の任期を終えた女性のことを指す。アニンマは、ツカサンマの後見役として、神行事に参加する。インギョーンマは、ユークインマを卒業する57歳の女性たちである。ナナスンマは、47歳から55歳の奇数年の女性が希望して就く。
 ユームチャは、ユークインマには属していないが、アニンマとツカサンマたちに、それぞれについていて、神役の補佐をする。


第3節 御嶽(ウタキ)

 御嶽とは、神が宿る神聖な場所である。
 佐良浜での、ユークイの際に巡拝される御嶽は8ヶ所ある。各御嶽の名称と祀られる神は、以下の通りである。なお、御嶽の記載は、ユークイでの巡拝の順序で示している。



1 ナナムイ(大主神社) 信仰の中心。生命、航海安全の神。
2 ナカマ 豆を普及した神。
3 ウジャキニ 酒の神。
4 ウイラ 豊漁の神。
5 アカマミ 赤豆の神。
6 タウチュウ 学問の神。長崎から来た人を神として祀る。
普段は、御嶽への入り口が閉ざされているが、セーキツまわりの時にツカサンマたちによって入り口が開かれる。
7 ニカムラヒャーズ 農業の神。
8 ナウバ 粗相。世直しの神。


 ツカサンマたちは、各御嶽でニガイをおこなう。各御嶽でのニガイの様子については、第2章の第3節に時系列とともに示す。
 また、神が宿る御嶽内では、いくつかの禁忌事項がある。
 まず、御嶽内では、ツカサンマ以外が足を踏み入れてはならない領域がある。ツカサンマたちが、御嶽の中に入る時には、草履のかかと側を神に向けてはならないため、必ずつま先を神に向けて、草履を脱ぐ。
 次に、御嶽の中の生命は、全てが神に関わると考えられているため、小さな虫も殺してはならない。これに関連して、御嶽に現れた生き物は、固有名詞ではなく、「神の使い」と呼ばなければならない。
 そして、ツカサンマをはじめ、インギョーンマやユームチャも、荷物を運ぶ時には、頭の上に乗せ、地面に置いてはならない。しかし、ウフンマだけは例外で、頭に荷物を乗せてはならない。


第2章 2012年ユークイ

第1節 ユークインマの構成
 
 2012年11月におこなわれた、今年の佐良浜のユークイに参加したユークインマの構成を説明する。
 今年は、インギョーンマは65名で、昭和31年生まれの女性たちであった。ナナスンマは、本村が3名、中村が1名であった。ただし、中村の1名は、今年の中村からの希望がなかったために、本村のナナスンマが、中村のナナスンマとして参加している。


第2節 ニガイの流れ

 ユークイでは、巡拝される全ての御嶽で、ニガイがおこなわれる。それぞれの御嶽での特徴のあるニガイは、次の第3節で示すとして、この節では、どの御嶽でもおこなわれている基本的なニガイの流れを説明しておく。

1 ナカンマが線香に火を点ける。
2 全員でキセルに火を点け、吸ったあと地面で消火。
3 カカランマがアヤグを歌う。
4 酒を飲む。フンチャバンは酒を飲む用と注ぐ用で分けている。(写真2参照)
5 小魚を神に捧げて祈る。
6 ニガイのウタを歌う。


写真2:フンチャバンとユーハイダイ


第3節 ユークイ全体の流れ

*旧暦9月24日(新暦11月7日)〜旧暦9月25日(新暦11月8日)の朝まで*
06:00ころ ・ツカサンマたち6人でセーキツまわり。
 ナナムイ→ナカマ→ウジャキニ→ナウバ→ウイラ→アカマミ→タウチュウ→ニカムラヒャーズの順でおこなわれる。

14:00ころ ・砂場に砂を取りに行き、ナナムイに供える。
・線香をあげる場所に砂をまく。



写真3:佐良浜の砂場


写真4:ウハルズ御嶽に供えられた砂

*旧暦9月25日(新暦11月8日)*
時間 ツカサンマ・アニンマ・ナナスンマ インギョーンマ
15:30ころ ・アニンマ、ナナスンマがナナムイに到着。
(ツカサンマが来るまでは、ナナムイに入ることができない)
16:20ころ ・ツカサンマがナナムイに到着。
・インギョーンマたちが境内の前に整列。
  ・ツカサンマが階段をセーキツ 着物はほとんどの人が色や柄が同じ(年によって違う)
  違う着物を着ている人はインギョーンマの代理(親、姉妹、友人など)
  きんちゃくの中身は線香を1束、おさいせん(500円)
  頭にインギョンブム(ナマリとごはんが入っている)をのせている



写真5:階段をセーキツするウフンマ


写真6:インギョンブムを頭にのせて整列するインギョーンマ


時間 ツカサンマ・アニンマ・ナナスンマ

18:00ころ ・ツカサンマが線香をよみはじめる。
・ウフンマが砂を取り、砂山にかける。


・順番にインギョンブムの中のものをツカサンマに渡す。
→インギョーンマは終わった人からお土産(みかん、ジュース、菓子など)を受け取り、クイチャーを踊る。


19:50 ・ナカンマがさい銭をそなえる。
・ニガイをおこなう。

・カンナアヤグ(神を敬うウタ)を歌う。
  ・インギョーンマは座って整列。 (両手を挙げて願う)


・夕飯を食べる。
   全ての料理はまず神にそなえる
   ウフンマから順番に

・ツカサンマでナマリとごはんをわけてお盆にのせる。
    →インギョーンマへ ・お盆を受け取り名前を呼ばれたらひとりずつクイチャーを踊る。
                                     ・終わった人から随時解散


21:20            インギョーンマ 全員解散




時間 ツカサンマ・アニンマ・ナナスンマ

・夜食


22:20 ・もとの位置に戻る。
22:55   ・ニガイが始まる。
  様子がおかしいツカサンマやナナスンマもいる。

01:40 ・ナナスンマのみ境内の外へ。
・ツカサンマ、アニンマはニガイ。
  両カカランマがウタを歌う。


04:00 ・ちょうちんを持って歩く。
  →すれ違ってはいけないためナナムイにはツカサンマ、アニンマ、
   ナナスンマのみ
05:30

06:25 ・境内にてニガイが始まる。

06:55 ・世乞いのアヤグを歌いながら時計回りに神社内を歩く。
(ウフンマ→カカランマ→ナカンマ→アニンマ→ナナスンマ)

・クイチャーを踊る。
・ナカマ御嶽へ移動。


写真7:ニガイをするツカサンマたち


*旧暦9月25日(新暦11月8日)07:00から*

時間 ツカサンマ

07:29 ・ナカマ御嶽に到着。
・ニガイが始まる。 ・ ナナスンマはインギョーンマと一緒にクイチャーを踊る。


写真8:ナカマでのニガイの様子


写真9:ナカマに集合したインギョーンマ

時間 ツカサンマ

・ウジャキニでニガイが始まる。 ・ナナスンマは御嶽の外で雑談、クイチャー
・中村のカカランマが歌う。


時間 ツカサンマ

10:36 ・ウイラでニガイが始まる。                     ・ナナスンマは御嶽の外で雑談。   
    ・本村のカカランマが歌う。
    ・ぜんざいとソーミンチャンプルーを食べる。(おやつ)
     …本村と中村で分かれて海の方を向いて食べる。


12:00
    ・御嶽内でアヤグを歌う。
    ・クイチャーを踊る。

12:38  ・アカマミへは走って移動する。


写真10:ウイラでのクイチャーの様子


時間 ツカサンマ

12:50   ・アカマミでニガイが始まる。 ・ ナナスンマはインギョーンマとクイチャーを踊る。

13:57 ・「ユンティル」と歌いながらタウチュウへ移動する。


写真11:アカマミでのニガイの様子


14:05  ・タウチュウでニガイが始まる。 ・ナナスンマは御嶽の外でクイチャーを踊る。
    ・本村のカカランマが標準語で歌う。
・歌う時には腕を振る。

14:30 ・ナナスンマが御嶽内で着物の裾をあげて線香の煙を浴びる。

    ・ニガイの続きをおこなう。


写真12:タウチュウでのニガイの様子


時間 ツカサンマ

・ニカムラヒャーズでニガイが始まる。               ・ナナスンマはクイチャーを踊る。
     ・中村のカカランマが歌う。


時間 ツカサンマ

17:25  ・ナウバでニガイが始まる。
     ・中村のカカランマが歌う。

 以上が、今年のユークイの全体の流れである。
 ナウバまでの全ての御嶽でのニガイが終わると、ナカマ御嶽に供えてあるおにぎりを回収し、ツカサンマやアニンマたちで食べる。他にも、ナナムイでのさい銭や、ユークイの間に地域の人からもらったものは、ツカサンマたちで分ける。このツカサンマたちに分けられたものの余りは、それぞれから、ユームチャたちに振り分けられる。


第3章 元前里添のカカランマ、福里美江さん


写真12:お話を伺った福里美江さん(右から二人目)


第1節 カカランマに選ばれてからのライフストーリー

 私たちは、かつて前里添のカカランマをしていた福里美江さんに、カカランマ時代から現在までのお話を伺った。福里さんは、1948年(昭和23年)に佐良浜に生まれ、現在64歳である。
 福里さんが、カカランマに選ばれたのは、1998年(平成10年)の1月、(旧暦12月)であった。福里さんは、カカランマに選ばれる前にある予知夢を見た。その内容は、ラジオがなかった時代(福里さんが子どもだった頃)、近所のおじいが日取りを報告していた場所があり、その場所でアニンマ(当時のツカサンマ)から、自分がカカランマに選ばれたという報告を受けるというものであった。
そして、その夢を見たあと、本当にカカランマに選ばれたという。カカランマという大役に相当なプレッシャーを感じながらも、たくさんのウタを覚えながら役職を務めた。3年間の任期の途中で、ツカサのひとりが病気になり、祭祀が途絶えたが、3年目の暮れ頃から、数人のツカサたちで神役を務め、次のツカサに引き継いだ。自身も、体調を崩して入院することがあったが、御嶽に入ると、一時的に回復できたという。
 カカランマの任期を終えてからは、アニンマを3年間務めた。アニンマの任期を終えてからも、今年は、身内の不幸と重なったため、参加できなかったが、ユークイには、毎年参加している。
 現在でも、ともにツカサンマを務めた人とは、交流があり、当時のアニンマのことは、「アニ」と呼んで、慕っている。
 また、福里さんの場合、カカランマに選ばれてから、神が見えるようになったという。現在でも、神が見えた時には、頭痛が伴い、起き上がることができない時もあるそうだ。

第2節 カカランマの1年

 ツカサンマに選ばれると、年間にいくつもの神行事に参加することになる。佐良浜では、ツカサンマは、年間でおよそ60の神行事に参加する。これらに、ニガイの準備などの日を合わせると年間およそ100日は、ツカサンマとしての仕事をすることになる。
 佐良浜での神行事には、次のようなものがある。

旧暦 行事名
12月 神籤によるツカサンマ選出
20日間ほどでウタを覚える
泣く人もいる程大変

1月 じゅうろくにつ
(本格的にツカサンマの仕事が始まる)

9月 ユークイ


 なお、神行事の日程は、決まりに沿って定められる。これらの決まりでは、ニガイの目的により、日取りが異なる。例えば、豊漁・豊作を願うニガイには、きのえ/きのと、人間の幸福や健康を願うニガイには、かのえ/かのと、航海安全を願うニガイには、みずのえ/みずのとの日を選ぶと決められている。


結び

 今回の調査では、伊良部島良浜に通い、観察および聞き取りをおこなうことによって、
良浜の女性司祭制度、それが深く関わる豊年祭のユークイの実態を明らかにした。
 調査でわかったことは以下の点である。

1 旧暦9月におこなわれるユークイは、女性の祭りおよび佐良浜の豊年祭であり、ツカサンマたちをはじめとするユークインマたちを中心としておこなわれている。
2 ユークイ以外の神行事においても、中心となる存在のツカサンマたちは、いくつかの条件を満たす女性の中から選ばれ、その役割を果たしている。
3 ユークイは、ツカサンマたちが8ヶ所の御嶽を順にまわり、ニガイをおこなう。各御嶽には、それぞれに神が存在し、おこなわれる神事にはそれぞれに特徴がある。
4 ユークイは、佐良浜の多くの神行事の中でも、最大級の規模のものであり、佐良浜の人々によって大切に受け継がれている。


参考文献
1)真下厚,2003,『声の神話』瑞木書房.
2)徳丸亞木,2003,「南西諸島島嶼社会における女性霊性民俗学的研究」『南太平洋海域調査研究報告』38:17‐22
3)シンポジウム「宮古島の神とシャーマン」資料集
4)報告書 宮古島の神と森を考える会
5)沖縄離島 http://www.city.miyakojima.lg.jp/gyosei/toukei/toukei.html
6)宮古島市ホームページ http://www.pref.okinawa.lg.jp/chiiki_ritou/simajima/irabu.html