関西学院大学 現代民俗学 島村恭則研究室

関西学院大学大学院 現代民俗学 島村恭則研究室

佐良浜の神々とユークイ

良浜の神々とユークイ

社会学部 0327 小林遥

〈目次〉
序章
 第1節 問題の所在
 第2節 佐良浜
 第3節 ユークイとは
 
第1章 佐良浜のユークイと神役
第1節 ユークイに参加する女性
(1) ユークインマ
(2) ツカサンマ
(3) アニンマ
(4) ナナスンマ
(5) インギョーンマ
(6) 着物と道具
第2節 佐良浜でのユークイ

第2章 ユークイとウタキ
第1節 8か所のウタキ
第2節 ウタキでの禁忌

第3章 佐良浜ユークイの記録(2012.11.8,9)
第1節 2012年度ユークイの概要
第2節 記録

第4章 元カカリャンマ福里美江さんの話り

結び

序章 ユークイとは
 
第1節 問題の所在
南西諸島には古くからの司祭制度が色濃く残っている。その中でも佐良浜地区では他の
地域と比べて盛大に神事が行われていると聞いたため、実際に足を運び、数ある神事の中でも最も盛り上がるとされるユークイについて調査してきた。

第2節 佐良浜
 宮古諸島に属する伊良部島の沿岸に位置し、池間島からの移住民によって形成された池間添(本村)と、後にできた前里添(中村)の二つの地区からなる。宮古島からはフェリーで10〜15分である。漁業が盛んである。


写真1 宮古島伊良部島を結ぶフェリー


写真2 佐良浜の漁港

第3節 ユークイ
 ユークイとは神々からもたらされるユーを様々な形でいっぱいに受けとる神願である(平井,2012)。「世(ユー)乞い」が語源であり、池間、西原、佐良浜などで行われている。
  
第1章 佐良浜のユークイと神役

第1節 ユークイに参加する女性

(1)ユークインマ
ユークインマとは、ユークイ儀礼に参加する女性のことである。地域によって異なるが、佐良浜地区の場合47歳〜57歳の女性がユークインマである。卒業(インギョー)するまでこう呼ばれる。

(2)ツカサンマ
ツカサンマとは、ユークイをはじめとする神願いを行う女性のことである。全体を取り仕切る「ウフンマ」、オヨシと呼ばれる神うたを歌い、神の声を聞いたり、姿を見たりする「カカリャンマ」、ウフンマの補佐的役割を担う「ナカンマ」の総称であり、佐良浜の人びとからは「おばあ」と呼ばれている。ユークイ儀礼の中ではウフンマ、カカリャンマ、ナカンマの順で偉いとされるため、例えば食事をとる際は、ウフンマが口を付けてからでなければカカリャンマ、ナカンマは口を付けることができない。ユークインマの中から紙くじで選出され、任期は三年である。この紙くじだが、本人の名前ではなく夫の名前が書かれるのが特徴である。また、誰でもくじ引きの対象になるわけではなく、「佐良浜出身・佐良浜在住・夫婦ともに健康な女性」の中から選ばれることになっている。本村、中村からそれぞれ3人ずつ選出されるため、佐良浜地区には6人のツカサンマがいる。

    ウフンマ…全体を仕切る
    カカリャンマ…オヨシと呼ばれる神うたを歌い、神の声を聞く
    ナカンマ…ウフンマの補佐

(3)アニンマ
アニンマとは、ツカサンマとしての三年の任期を終えた女性のことである。主な役割は、ツカサンマの教育係としてユークイなどの神願いに参加することである。ウフンマの任期を終えた者をアニウフンマ、カカリャンマの任期を終えた者をアニカカリャンマ、ナカンマの任期を終えた者をアニナカンマと呼ぶ。今回行われたユークイにも参加していたが、アニウフンマは一部の儀礼にしか参加できないという決まりがあるそうだ。

(4)ナナスンマ
ナナスンマとは、紙くじによって選出されたツカサンマの他に、希望性でユークイに参加する女性のことである。ナナスンマの条件として、①ユークインマである。②奇数年である。ことが挙げられる。「ナナスンマ」という呼び名は、元々大勢(およそ七十人)いたことから来ているという。

(7)インギョーンマ
 佐良浜地区ではユークインマを卒業することを「インギョー」と言い、盛大に祝う。そして、卒業生のことを「インギョーンマ」と呼ぶ。2012年度のユークイは31年生の卒業式でもある。沖縄本土や本州に住むインギョーンマもこの日のためにわざわざ佐良浜に帰ってくるそうだ。どうしても参加できない場合は親・兄弟・いとこ・友達・隣組のうちの誰かに代理を任せることができる。


写真3 インギョーンマたち

(8)着物と道具
 ツカサンマ、ナナスンマ、インギョーンマは皆着物を着ていた。写真1でも分かるように、インギョーンマは全員お揃いの着物を着ている。この着物は学年によって柄が違い、2〜3人の同級生の責任者が候補を決め、最終的にはその中から皆で選んで決める。着物は各々がお気に入りの仕立て人に仕立ててもらい、端切れで巾着も作るそうだ。また、ツカサンマの着物も本村と中村とで異なっており、ウフンマは着物の上に白い羽織を着ることが決められている。

第2節 佐良浜でのユークイ
良浜は池間添(本村)・前里添(中村)の二つの地域からなるため、二つの地域合同でユー
クイを行う。日程は前もってウフンマが決めるが、必ず旧暦9月の子・申、また、甲(きのえ)・乙(きのと)の日を選ぶ。日にちが決定するとAコープに張り紙をして知らせる。(写真4)ちなみに写真には「ウホユークイ」とあるが、「ウホ」とは「大きな」という意味である。

  

写真4 Aコープの張り紙 


写真5 大主神社=ナナムイ


第2章 ユークイとウタキ

 ウタキとは、神が宿るとされる聖地のことである。森のように木が生い茂ったところもあれば、コンクリートでできた広場のようなところもある。目印は線香をあげる、香炉があるということくらいである。


第1節 8か所のウタキ
 佐良浜地区には数多くのウタキがあるが、以下に挙げる8か所がユークイの際に神願いをしながら巡るウタキである。なお、番号(①〜⑧)は巡る順番である。

①ナナムイ(生命・航海安全の神)
②ナカマニ(豆を普及させた神)
③ウジャキニ(酒の神)
④ウイラ(踊り・豊漁の神)
⑤アカマミ(赤豆の神)
⑥タウチュウ(大和の神・学問の神)
⑦ニカムラヒャーズ(五穀豊穣の神)
⑧ナウバ(世直しの神)

第2節 ウタキでの禁忌
ウタキは神聖な場であり、簡単に立ち入って良い場所ではない。そのため禁忌も数多く
存在する。以下に挙げるのがその一例である。

 ・ウタキの中には足を踏み入れてはならない領域がある。
・ウタキ内にいる生命の全てが神々の化身とされるため、小さな虫でも殺してはならない。(平井,2012)
 ・「鳥」、「猫」ではなく「神の使い」と呼ばなければならない。
 ・賽銭箱より奥に入る際は、裸足にならなければならない。
 ・靴を脱ぐときは必ずつま先を神の方へ向ける。
 ・荷物を運ぶときは必ず頭の上に乗せなければならない。
 
第3章 佐良浜ユークイの記録(2012.11.8,9)
 
第1節 2012年度ユークイの概要

・日にち:11月9日
・参加者:計14人…ツカサンマ、アニンマ共に今年で任期終了。
中村 本村
ツカサンマ 3人 3人
アニンマ 2人 2人
ナナスンマ 1人 3人


第2節 記録
 実際にユークイの様子を見せてもらった。以下がその記録である。なお、時間に多少のずれが生じている場合がある。

(ツ)…ツカサンマ
(ア)…アニンマ
(ナ)…ナナスンマ
(イ)…インギョーンマ
(ユ)…ユームチャ
  →ツカサンマの手伝い


6:00  (ツ)8か所のウタキを掃除するセイキツ回り開始。

14:00 (ツ)決められた場所へ砂を取りに行き、大主神社の鳥居のそばに置く。

〜ここからが実際に見たユークイ〜

15:30 (ア)(ナ)ナナムイに到着。

16:20 (ツ)砂の入ったかごを持ち神社の中へ。
     賽銭箱の前で靴を脱ぐ。
16:30 (ツ)神社の奥の階段に砂をまく=セイキツ。

17:10 (イ)なまり節とご飯を持って大主神社に入る。
(ユ)車で荷物を持ってくる。
17:20 (ユ)神社の中に弁当を持って入る。
18:00 (ツ)線香を読み始める。
(イ)本村・中村に分かれて整列する。

18:30 (ツ)かごの砂を神社の奥の砂山にかけて回る…ウフンマ

18:50 ミスが起こる(詳しいことは不明)
19:00 (ツ)神社の奥の階段に賽銭を供える
(イ)一人ずつ、風呂敷からお盆を出してそなえる
終わるとお土産を受け取り、クイチャーが始まる
→輪が次第に大きくなり、最終的には全員が輪になって踊る

19:20 (ツ)貝殻にお酒を移す
     線香を焚き、ネガイを始める
    (イ)整列する。座ってネガイを始める

19:35 (ツ)神を敬うカンナーギャーグを歌い始める
19:40 (ツ)(ナ)(ア)弁当を食べ始める
     ウフンマ、カカリャンマ、ナカンマの順で箸を付ける
19:50 (ツ)白いかごにビニールをかぶせる
     なまり節・ご飯を手で取り分ける。


20:12 (ツ)なまり節・ご飯を入れ終わる
   お盆に乗った余りをインギョーンマに返す
(イ)名前を呼ばれた人からお盆を受け取り、その場でクイチャー

21:20 (イ)解散

21:50 (ツ)(ア)(ナ)食事を始める
 (ユ)荷物を持って帰る


22:55 (ツ)煙管に火を点け、ネガイを始める
23:00 歌を歌いはじめる

23:20 歌中断
    ナカンマが神棚に線香をあげる・煙管に火を点ける…*
    小さな声で隣と会話する人、涙を流している人がいる

23:47 *繰り返し
    (ナ)時々急に横を向く
0:07  *繰り返し
0:23 *繰り返し

1:38 (ナ)(ア)荷物を外に出す
1:58  (ナ)外に出て雑談など

2:36  本村のカカリャンマが歌い始める
3:02  中村のカカリャンマが歌い始める

4:00  ここから先は見ても見られてもいけない
    見えない場所へ移動


5:30  神社の中で朝食
    (ユ)かごを持って到着
5:46  (ツ)お酒を飲む
6:25  (ツ)(ア)(ナ)歌を歌いながら円になって回る
6:55  クイチャーを始める。
7:00  (イ)ナカマニ―に集合、クイチャーを始める。
7:27  (ツ)(ア)(ナ)ナカマニー到着。

〜ウタキ巡り〜

〈ナカマニー〉
・インギョーンマはクイチャーで盛り上げる。
・ユームチャが作った豆のおにぎりを1日中供えておく。
7:30 神願い開始

〈ウジャキニ〉
・酒を薬に変えてくれるよう願う。
・アニンマ・ナナスンマは少し離れた広場で踊る。

〈ウイラ〉
・踊り、豊漁の神。昔裁判所だったという人も。
・島の黒豆を使ったぜんざい、そーみんチャンプルーを食べる。
・ここから次のアカマミまでは走って移動する。
10:38 神願い開始
12:38 終了

〈アカマミ〉
・アカマミ=赤豆?
・一帯が畑だったという十字路で願いを行う。
・アニウフンマも参加できる。
12:50 神願い開始
13:45 終了

〈タウチュウ〉
・大和の長崎から来た神。
・学問の神。
・ここでの願いのみ、大和の言葉で行われる。
14:05 神願い開始
15:? 終了

〈ニカムラヒャーズ〉
・五穀豊穣の神、また、児童館に隣接しているため、母と子の神とも言われている。
☆一人のナナスンマがトランス状態になり帰宅する。
→「あの人は神の人だからね。」

〈ナウバ〉
・世直しの神、ユークイでの失敗を許してくれる神。
・ナーバ=魚がよく獲れるところ。語源は那覇と同じ。
17:25 神願い開始



写真6 ナカマニーでのクイチャー 


写真7 ウイラでの神願い


写真8 アカマミでの神願い       


写真9 タウチュウでのクイチャー


第4章 元カカリャンマ福里美江さんのお話

 第1節 福里美江さんの体験談
 福里美江さんは佐良浜前里添在住の元カカリャンマである。任期は平成10年から平成13年の3年間。カカリャンマに選ばれてからの日常生活や、ユークイについてお話を伺うことができた。
 カカリャンマの主な役割は第1章で述べたように、神と直接コンタクトを取ることだが、美江さんは元々、いわゆる「見える」人ではなかった。しかし紙くじでカカリャンマに選出されることは夢で見たため知っていたという。それからというもの、以前は見えなかった神の姿を頻繁に見るようになる。今でも時々、玄関から覗いている神様や、砂場のところに立っている神様を見かけることがあるそうだ。そしてそのようなときは決まって体調を崩して寝込んでしまうという。ツカサンマに選出される人の中には、美江さんのように神様が見えるようになった人もいれば、元から神様が見える人が選ばれることもあるそうだ。
 カカリャンマになってから苦労したことを尋ねると、「何種類もある歌を短期間で覚えるのがいちばん辛かった」とおっしゃった。行事や神願いをするウタキによって歌が異なるため、何種類もの歌を一度に覚えなければならない。もちろん最初から完璧に歌うことはできないので、そのようなときはアニカカリャンマがフォローしてくれたそうだ。そのため、任期を終えた今でもアニカカリャンマのことを「アニ」と呼んで姉のように慕っているという。
 カカリャンマになると、一年に50回以上ある神願いに参加しなければならない。ユークイもそうだが、神願いには準備期間が必要であり、それも含めると年間100日以上を神願いに費やしていたということになる。またそれ以外にも、「外出する際は着物を羽織る」などの決まりがあったため、日常生活もカカリャンマ一色だったと言える。
 カカリャンマの任期中、美江さんは何度か体調を崩して、点滴を打ってから神願いに参加することもあったそうだ。そのようなときもウタキに入ると不思議と元気が出たという。
 ユークイについては、「皆で踊ったりできてとても楽しい。今年は台風でウタキが荒れているからセイキツに時間がかかるだろう。」とおっしゃっていた。ユークイは本当に楽しいということを何度も口にしていらしたのが印象的だった。



写真10 福里英二さんと美江さん

結び
 今回の調査では、伊良部島良浜地区のユークイの観察、また、現地の人からの聞き取りにより、佐良浜地区の司祭制度と、それを通じた人々の関わりを知ることができた。佐良浜地区には「ユークイ」という一つの女性司祭組織が存在し、彼女たちが一体となって、日々島の幸せを願っている。その中でも最も大規模な儀式であるユークイ儀礼には、ツカサンマだけではなく、島中の人びとが関わり、一体となっている。今後は、人口の減少など様々な問題を乗り越えるのが課題のように思われる。


〈参考文献〉
1. 真下厚,2003,『声の神話』,瑞木書房
2. 平井芽阿里,2012,『宮古の神々と聖なる森』,株式会社新典社